アルコール依存症からの回復は、不思議な力を信じた時から始まった~Soul to Soul~

人の輪の中で孤独を感じていたのは、俺だけではなかった~Solution comes true,But crazy Twelve Steps~
グッド★エキサイティング水曜日★モーニング~!

今日でゴールデンウイーク連休も終わりで、嬉しいやら、悲しいやらだぜェ~!

そこで一発、切り替えの爆笑★ステップコンバージョン、食らってチョンマゲ~!

車の通る道とかけて、影ととく、その心は、車道(シャドウ Shadow)~!ナンチャッテ~!

『切り替えるもなんも、あんた、いつも同じモードやないかァァ~!』

そんな事を言われても、腹の底から喜べない、ちっちゃな僕が、ここにいる。。

只今午前11時半、近所の公園で1時間プチマラソン中~!本日の●●●は、曇りッ~!午後からは、雨みたいだな。。

いや~、6日間の大連休も今日で終わりで、明日から久々の出社だ。。

本当は、連休中の後半に、職場の若手設計者の仕事を自宅勤務の形で手伝う予定だったのだが、

お客からの仕様提示が遅れていて、

明日からでないとできないと昨日その若手設計者から連絡があり、受け入れた。

まあ、遅れたぶん、休み明けの作業が大変になるが、無力だ。。

そんな事よりも、わざわざ電話してきて、お客の都合で着手が遅れたのに、

まるで自分が悪かったみたいな様子で、

謝っていた若手設計者には、逆に頭の下がる思いになった。


俺が逆の立場だったらどうだろうと考えると、おのずと、神様の意図が明確に見えてくる。

恐らく、俺が生まれた時からズッ~と、俺には、神様からの助け舟が出され続けていたんだと思う。

だが、過去の生き方の中では、病気の渦中にあり、

病気の進行にかき消され、そんな事に気付けなかった。。


今は、ステップを正しく実践し直した結果、健康的な判断力が戻り、

自分の意志の力を正しく使えるようになって、

常に神様と共にある本当の現実が、見えるようになった。


あるAAの経験を綴った書籍に、【自分一人でたどる記憶は、言い訳や希望的観測でゆがめられてしまう恐れがある。

誰かと話せば、自分の状態について直接その人に意見を聞けるし、相談もできる。

その人の助言に疑問があれば聞き直すこともできる。

霊的な問題を一人で処理するのは危険だ。

~ 非常に腹を立て、欲求不満になって、「木を見て森を見ず」の事態にまた陥ったと思わずつぶやくことは数知れない。

そうしてやっと気付いた事は、そのような苦しみの中で必要なものは、

森と木を分けて私を導いてくれる人、もっと素晴らしい道を提案してくれる人、

火を起こすのを手伝ってくれる人、岩や落とし穴を避けて通れるように助けてくれる人なのだ

ということだった。】と、書いてあった。

このフレーズ、12&12のステップ5の部分に書いてあり、その後の部分に、

【善意はあるものの、神の導きだと主張しながら明らかに大きな誤りを犯している人を、私達は何度も見てきた。

実践の経験と謙虚さをじゅうぶん身につけていない彼らは、自分をだまし、途方もないたわごとも「神の言葉だから」と正当化しているのだ。】
と、書いてある。

ステップ5は、当然ながら、アクションそのものが、一人ではできない。。

だから、自身でステップ5を受けてくれる仲間を選ばなければならない。

一般的には、スポンサーという事になるのだろうが、それは決まりではないし、

たとえスポンサー以外の仲間にお願いしたとしても、何の利害も発生しないのがAAなんだと思う。


例えば俺は、ビッグブックのやり方によるステップを経験者から手渡される形で実践し始め、

1クール目のステップ12まで完結してから、まだ2年でしかない。。


そんな俺をまだやりたてという事で危険視して、

スポンサーである俺にステップ5をお願いしないで、

他のもっと経験の長い仲間にステップ5をお願いしている仲間も何人かいる。


それは、正しい判断だと思うし、非常に好感が持てる。

俺も同じ事をしているからよくわかる。


お世話になったとか、過去助けられたという事と、

命のかかっているプログラムを正しくやるという事は、全くの別問題なんだ!


そういう情(なさけ)に流されるようなただの善でなく、

命を第一とした最善の目で、ステップ5をやって貰う対象者を決める事は、

厳しいようだが、その対象者にとっても助けとなるという事を忘れてはならない事だと思う。


それが、ステップ6でいう、大人と子供をわけるという事なのだろう。

大人は子供の命を守らねばならないのだ!感謝だ!
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