安定できるのなら、死も選んでいたかもしれない

グッド★全国的に金曜日★モーニング~!

昨夜は、ホームGのミーティングに突入し、3分間シャウトして、スッキリしたぜェェ~!

そこで一発、爆笑ステップオンエアッ、食らってチョンマゲ~!

手作りマフラーのプレゼントとかけて、イチローととく、その心は、毎日コツコツ編んだ(安打)~!イェ~~イッ、ナンチャッテ~!

只今午前7時25分、会社内1時間プチマラソン中~!本日の●●●&●●●は、起死快晴ッ~!

いや~、昨夜は、仲間のステップ8のリスト作成の最終確認及び最終提案をしてから、

ホームGのミーティングに突入した。

ミーティングのお題目は、行動だった。

過去の生き方の行動は、ただ自分が満たされたいという思いしかなかったような気がする。

仮に世の為、人の為と言っていたとしても、それは表向きの防御でしかなく、

最奥の自分はいつも同じで、世の為、人の為を利用してまでも、自分が満たされたかった。。


だから、AAにつながってから20年までの間、ステップ5が終わった段階で、

あまりステップに積極的にならなくなった仲間が、おかしくなったのを見て思った事は、

俺がどうにかしてやろうとか、そいつの問題だとか、しょうがないというものでしかなかった。。(まあ、俺も全く同じ状態だったし。。)


少なくとも、今みたいに、自分自身の回復の為でもあり、相手の回復の為でもありというスタンスで、

ステップ1から12まで、耳を揃えて一緒にやる形で手渡そうなんていう考えは、かけらもなかった。。
  
  


何でもかんでも、しょうがない、しょうがない、無力、無力で片付けていた。。

それがスーパーウルトラ自我の暴走で、スーパーウルトラ有力だったとは。。


本当に愛がなかったと思う。。

あくまでも俺自身の場合の話だが、どうりで、そんな状態で、結婚しても、

家庭の中が上手くいかず、時間と共にドンドンおかしくなっていったのが、今は凄くよくわかる。。


あるAAの経験を綴った書籍に、【アルコホリズムは、愛してくれる人達に囲まれていてもなお、孤独を味わう病気である。

・・・・・私達は、他人を支配するか、他人に依存することで、感情の安定を見いだそうとしていた。】と、書いてあったが、

恨み・恐れ・性とその他のステップ4をビッグブックに書いてある通りにやり、

ステップ5を経験者にやった時、その直前までの俺のモードが、

他人を支配するか、他人に依存するというものだったという事を、心で感じる形で頭で理解できた。


そして、そこで初めて、心と頭がバラバラだったという事も気が付かせて貰った。

アルコホリズムの狂気の一つに、愛があると豪語しておきながら、全くその逆だったりするものがある。

かつては俺もそうだった。


そんな事を体と心と頭で一致する形で受け入れさせてくれたのが、

経験者と一緒にやった、ステップ1から12のビッグブックのやり方による

正しい理解と正しい実践だったように思う。


飲みだす以前の親父との関係で作り上げられた、

俺特有の負のパターンからくる不正直と身勝手な恐れが見えなかったら、

今でも、依存と支配の中で、輪の中の孤独に、もがき苦しんでいただろう。。


酒でなくとも、自分が安定できるのなら、死も選んでいたかもしれない。。

そんなジョンバーリコンのたとえのような事が見えただけでも、

ステップをやり直した価値があったと思う。感謝だ!

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

相続 会社設立