信仰の証

グッド★ファンタジー火曜日★モーニング~!

俺が毎日乗ってる電車とかけて、肩が外れたァァ~ととく、その心は、小田急~!(オッ~脱臼ッ~!オマケに今は、骨折~ッ!)ナンチャッテ~!

只今午前7時25分、会社内1時間プチマラソン中~!本日の●●●&●●●は、晴れッ~!

いや~、今月に入って、4月という事もあり、公私共に、いろんな人達と話しをする機会がいつもより多い。

過去の生き方の中で、この人との関わりというのが、非常に苦手でもあり、厄介な問題を作り出す元でもあった。

その最中では、何か問題が起こる度に、人のせいか、自分のせいにして、自己防衛に徹していたように思う。

チョッとでも相手に非があると思うと、無意識に、自分の非をそこに被せて、相手が全て悪いとか、

チョッとでも自分に非があると思うと、無意識に、相手の非をそこに被せて、自分が全て悪いと、

依存と支配のどちらかに振り分けられる形で、事実をねじ曲げ、不正直さ丸出しで、惨めだった。。


だから、人との関わりは、ムチャクチャ疲れたのもうなずける。。

もっと、もっと根っこにあったのは、常に霊的に病んでいた状態だったから、

一刻も早く楽になる必要性に渇望していたという事だろう。。


それは、早く一杯飲んで楽になりたいという強迫観念と全く同じだと思う。

その辺をまず最初に、クリアにしてくれたのは、ステップ1の正しい理解だった。

ただの大酒飲みとアルコホーリクとの違いや、

アルコホーリクにとって飲むことは問題の一つの症候に過ぎなかったという事を、

仲間からビッグブックを通して伝えて貰った事、大きな説得力だった。。


あるAAの経験を綴った書籍に、【信仰を得ようと努力すべきである。それは簡単なことではない。

時に、この世の中の基準を重んじ、非常に物質的な生活を常にしている人にとってはなおさらである。

しかし、信仰は得られるものと私は考えている。ゆっくりと手に入れ、それを高めていく。

それは私にとっても簡単なことではなかった。おそらく誰にとっても難しいことなのだと思う・・・・・。】と、書いてあった。

仲間の提案で、1日3回のミーティングに毎日出続けるようになり、

1年経った時、飲酒欲求が完全に自分の中から抜け、

ミーティングに出続けていさえすれば、酒は飲まない事を何の根拠もなく確信した。


だが、何故ミーティングに出続ける事で酒が止まるかは、今だに説明できない。

ただ、ミーティングに出るという行動だけさえやっていれば、そこから凄い力が貰える手応えは、今もあり、

それは年々増しているような気がするし、そのお陰でステップの実践を継続できている。


そして、ステップの実践も同じ事が言え、

毎日、ビッグブックに提案されている通りにステップを実行してさえいれば、

生きる目的を見失わずに、どんな状況であっても平安でいられる。


それも何故かと聞かれても、説明のできない、何の根拠もない確かな事だ。

その説明のできない部分が、神の力、すなわちハイヤーパワーであり、

信仰の証だと強く感じる。感謝だ!

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