病気を理解すれば、理解する程

グッド★サバイバル日曜日★イ~ブニング~!

今朝は教会の復活祭ミサで、またまた聖歌を熱唱して、俺も復活したぜェェェ~!

そこで一発、爆笑★ステップリカバリー、食らってチョンマゲ~!

信じるものとかけて、金魚ととく、その心は、どちらも、すくわれる~!ナンチャッテ~!

只今午後10時半、自宅仕事部屋にて、くつろぎ中~!本日の●●●は、快晴ッ~!

いや~、今朝は、一家で教会の復活祭ミサに出て、速攻帰宅して、昨日同様、さっきまでテイクアウトお仕事をしていた。

その途中で、30分プチマラソンや、息子の買い物に付き合ったり、娘の部屋の電球を取り替えたり、久々に夜、一家で外食をしたりしていた。。

復活祭と言えば、キリストが十字架につけられ殺されて、

三日目に生き返って復活するという、常識で考えたら、有り得ない話。。


でも、そんなニュアンスの事って、現実に、意外と沢山あったりする。。

一番身近なのが、なんといっても、回復しているアルコホーリクだと思う。

死んで同然のアルコホーリクが、AAプログラムを実践する事で、

飲酒が止まり、回復と共に、生きる強さをみなぎらしていく希望は、

まさに奇跡の信じ難い復活以外のなにものでもないだろう。。


そういう事を考えると、アルコホーリクにとってカトリックの信仰は、

まずAAプログラムの実践によって、自身の奇跡の復活を経験していなければ、

決して理解できるものではないと思う。


先日の京都ステップセミナーでも話したが、

自分のあらゆる事にAAの原理を活かしていくとは、

ステップの正しい使い方を体得していかなければ、

世の中で自由に生きていく事が出来ないと示唆しているとも感じる。


人やしきたりなどに振り回されて、自分の人生を生きれないとしたら、

それは死んでいるのと同然ではないか。。


あるAAの経験を綴った書籍に、【飲むか飲まないかの選択力が奪われ、

だからこそ、それ以外の選択力も全て奪われてしまった。

~アルコホリズムという病気の意味を全て理解し、

受け入れることができるよう、私は神に祈っている。】と、書いてあった。

ステップ4を恨み・恐れ・性とその他の3つに分けて、

幼い頃から縦に書き出していくと、自分が想像していた以上に沢山出てくる事、嫌でも気が付く。


特に恨みは、俺の場合は膨大だった。

そして、キチンとステップを経験している仲間と一緒にステップ5をやった時、

いかに自分が見えていなかったという事が痛い位によくわかった。

と同時に、人の事も全く理解していなかった事もボディプローのような痛みで感じた。


ステップ1で、酒を飲みだしたら止まらない事は、ステップをやり直す以前のステップでも、わかっていた。

だが、酒を飲み出す以前や、AAに来てから、しらふでいても、飲んでいた時以上に病んでいて、

酒以外の不健全なもので、酒を飲んでいるみたいな安定を求めていた事は、

ビッグブッグのやり方でステップをやり直さなければ、わからせて貰えなかった。


大きなヒントは、今、しらふでいても、自身が反応する事、

それは既に子供の頃から始まっていたという事だろう。


それを正しくわからせて貰う為には、正しいステップの実践において、

そこにハイヤーパワーを呼び込む以外にないと思う。


いかなる人間的力でも、アルコホーリクには救いをもたらす事はできないこと、

自身の病気を理解すれば、理解する程、よくわかる。感謝だ!

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

相続 会社設立