アルコール依存症からの回復は、不思議な力を信じた時から始まった~Soul to Soul~

人の輪の中で孤独を感じていたのは、俺だけではなかった~Solution comes true,But crazy Twelve Steps~
グッド★全国的に春分の日Friday★イ~ブニング~!

昨夜は、ホームGのステップミーティングで、ゲストスピーカーの分かち合いを聞かせて貰い、スーパーウルトラ感動したぜェェ~!

そこで一発、霊的目覚めの爆笑★ステップワーク、食らってチョンマゲ~!

たこ焼きとかけて、世話ととく、その心は、どちらもやきまッす~!ナンチャッテ~!

只今午後7時半、近所の公園で1時間プチマラソン中~!本日の●●●は、晴れッ~!

いや~、昨夜は、ホームGのステップミーティングで、外国人の日本語ペラペラな女性の仲間に、

スピーカーを30分やって貰い、多くの気付きと、共感と、勇気と希望を貰った。

以前も、その女性の仲間をスピーカーに招いて、分かち合って貰ったのだが、

少し時間が短かった事や、大好評という事もあって、再度招く事となった。

今回は、ステップ1から12までを、一つ、一つ、自らの経験をベースに、分かり易くメッセージして貰い、何か魂に響くものがあった。

特に、スポンサーシップの経験を基に、

自分自身と自分なりに理解する神様との信頼関係を意識的に深めていく事で、

本当の意味で自立していくというニュアンスの分かち合いに、共感と感銘を受けた。


今の俺自身に、大切であり、忘れがちな事は、いつも貪欲に、新たな事を学んでいこうという姿勢だと思う。

昨日のような仲間のスピーカーを聞かせて貰う事で、

今までの俺に無かった何かが、俺の中になだれ込んでくる事を強く感じた。


そして、昨夜のステップ10の祈りと、ステップ11の祈りと黙想を経て、

今朝になって受け取ったものは、

やっぱり、俺にとって全てがハイヤーパワーであり、

そこには、好きも嫌いも、上も下もないという事だった。


ただあるのは、選り好みをしないで全てを明け渡し、

選り好みをしないで全てを受け取るという事だけのような気がする。


あるAAの経験を綴った書籍に、【他の人への愛と寛大な気持ちをいつも持つことは、私達が守るべき決まりである。

~ 真の霊的な前進を続けるには、どんな事情であれ、外の人を許さなければならないことを知った。

~ たとえ傷付けられても許さなければならない。

~ 恨みや怒り、人が罰せられるのを見たいというような願望は、

魂を堕落させる。そういうことによって自分がトラブルに陥り、がんじがらめに縛られてしまう。

自分の本来の問題とはなんの関わりもない別の問題にまで巻き込まれてしまうだろう。】と、書いてあった。

ステップ6のエンディングに、

もししがみついていて手放せないものが残っていたら、

手放す意欲が生まれる事を神に願うというフレーズがある。


この部分と、ステップ8-9で、どうしても許せない人達に、自分の側の掃除として、

直接会って、埋め合わせをしなければならない状況になった時の葛藤とが、凄くリンクする。


ステップ5でハッキリした誤りの本質の中に、

身勝手な恐れという性格上の欠点があり、

要は、何事も、自分の思い通りの結果を、人やしきたりに、要求するという、

俺特有の負のパターンだった。


一番最初に経験者と一緒に、手渡して貰う形で、ビッグブックのやり方でステップ9をやった時、

手渡してくれた仲間に、一番最初に謝ったほうがいいと言われたのが、嫁さんだった。


手渡してくれた仲間と一緒にステップ6-7をやって、

「クルーさん、今日、家に帰ったらすぐ、奥さんに謝って!」と言われ、

マジに困惑し、その仲間と別れてから、なかなか家に帰れなかった。


山手線に乗ってグルグルと、2時間位は時間を潰した。。

で、結局、相手はともかく、迷惑を掛け、傷付けてしまったのは事実だから、

ステップに委ねようと思い、帰宅して、嫁さんに謝った。


謝っても、すぐには許して貰えず、いろいろ聞かれたりもしたが、

ただひたすら、俺の身勝手や不正直や思いやりのなかった出来事などを上げて、謝り通した。


その謝っている最中に、俺の中で、霊的変化が生まれ、

今まで、こういうフォーメーションで、許して貰う事や、ハッピーエンドを要求して、

謝っていたんだなあという事がよくわかった。

だから、謝って、すぐに許して貰えないと、それ事態が悪だと思って、逆ギレしていたんだなあと思えた。


結局嫁さんは、許すも、許さないも言わず、「まあ、もういいよ。」とだけ言って、話は終わった。

多分、その時点でようやく俺は、心底、嫁さんには申し訳ない事をしたなあと、

何か今までには無かったような次元で、強く思えたような気がする。


もし俺が許されてこなかったとしたら、そんな恨みを抱いていて、謝っても絶対許してなんかくれないと思っていた相手に謝罪するステージは、用意されていなかっただろう。。

で、やったら、人ではなく、人を通して、神様は俺をお許しになってくれた。

だから、俺も、自分の非は認め、

相手の非は、ステップ4の恨みを取り除く祈りを通して手放し、神様に委ねる形で、

許せたように思う。感謝だ!
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