自分が助かる為に、人の助けになる

あるAAの経験を綴った書籍に、【実際の経験によれば、他のアルコホーリクと徹底的にかかわっていくことほど、再飲酒を防ぐ保障になる行動はない。

~どん欲さや切望感なしに愛する力が私にもあると気付けた】と、書いてあった。

AAにつながったばかりの頃、いろんな仲間達によくして貰った。別に俺が何をしたわけでもないのに、よくしてくれる仲間は全て、無条件に与えてくれた。。

ミーティング場で、コーヒーが飲めても、出来る限りの献金しかいらないと言う。。それが当時の俺にとっては、嬉しくもあり、気持ち悪くもあり、ウザくもあった。。

甘えるだけ甘えたろかとか、何か裏があるんじゃないかとも思った。。

俺は子供の頃、いい、悪いは抜きにして、親父の期待に応えなければ、親父には、絶対愛されないと思っていた。

そこから始まり、自分が誰かに愛される為には、そんな条件をクリアしなければ無理なんだと信じて疑わずに生きてきた。。と同時に、そんな事を人にも要求してきた。。


愛を与えられるのも、愛を与えるのも、必ず人間的な条件が必要だと思っていた。

だが、ビッグブックの医師の意見にしつこく、しつこく書いてある、【自分が助かる為に、人の助けになる】という、

愛の相殺みたいな考え方に生きる事で、ステップの実践へ導かれ、全てが変えられた。


俺は生まれた時から、人の助けになるチャンスに恵まれていた。。そんな形で、神様に愛されていた。。

だが、それに気付くには、8-9のステップを完結する事が必要だった。。

どん欲さや切望感なんかなくても、愛する力は、俺にはあったのだ。。

人の輪の中で、無条件に、神様に愛されているという事を感じていれば、無条件の愛を証する生き方ができるような気がする。

そのヒントは、いつだって、【自分が助かる為に、人の助けになる】という事だろう。。

その為にも、神を信じ、自分を掃除し、人の助けになっていく事で、自身が生かされている感謝の念を、

苦しんでいる仲間達と一緒にステップをやって、証していく事が大切だと思う。感謝だ!

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