与えることそのものではなく、いつ、どのように与えるか

グッド★超~オーバーグラウンド土曜日★アフタヌーンッ!

温泉とかけて、探し物ととく、

その心は、暖か~い!(あっか~い?)ナンチャッテ~!


『寒いし、見つからないわッ!

どないしてくれるんやッ!』


ドッヒャ~~~ンッ、ボッ~ス、何という要求やァ~~~~、いとおかし。。

只今午後1時半、近所の公園で1時間プチマラソン中ッ~!

本日の●●●は、曇りッ~!

いや~、昨夜は、懐かしい仲間と、十数年ぶりに会い、

コーヒーでも飲みながら、2時間近く話をした。

ステップとか、プログラムの事というよりは、

それ以前の、今までお互い何をしてきたかなどのよもや話が大半だった。


そんな話の中でも、それまでの俺の考え方や、思いなどが変えられる瞬間が幾度かあった。

古い関わりの仲間とは、たまに会って、腹を割って話しをすると、そんな力を感じられるのだろう。。

AAの12のステップに生きていれば、

ハイヤーパワーには、抜け目がないと強く感じる。感謝だ!


今日の今日を新たにに、

【AAプログラムを続ける中で、たとえどれほど苦しくても、

自分が内面から変わらなければならないことを教えられた。

それによって、自己中心主義からその反対の方向へ導かれていく。

心の落ち着きを得たいと思うのなら、

過去の感情的混乱とそれに続く感情の二日酔いについてステップを使い、

霊的な成長を続けていけることに感謝しなければならない。】と、書いてあった。

よく仕事などで、企画書を書いたり、設計で何かをデザインしたりして、

一晩寝かせ、翌日、その前日の企画書や設計デザインを見てみると、

いくつか手直しが必要な部分に気が付いたりする。


特に、前日の企画書や設計デザインに対して、

何かしらの感情が伴っていたとしたら、尚更だ。


この感覚が、ステップ10でいう自制心(自己制御)を養う必要性とリンクする。

同じ自分がやる仕事でも、

不愉快で突発的な問題が起こっている時や、

自分の成功に酔いしれ、

高慢な自信過剰に全く自分が見えなくなり、

名志の役を演じている時などと、

そうでない時とでは、結果が如実に変わってくる。


そんな状況格差に対する一つの答えとして、12&12に、

【知性と感情という割り切れない特性、

善行という名のもとによからぬ動機を覆い隠そうとするよこしまな思いは、

人間の行動のあらゆる部分に隅から隅まで染み込んでいる。

この巧妙でとらえどころのない独り善がりな正当化が、

どんな小さな行動にもどんな些細な考え方の中にも潜んでいることがある。

このような弱点を、見いだし、認め、修正する事を、日々の生活の中で身につける事が、

人格形成とよりよい生活の核心なのだ。

私達が求めるべき不変の資産とは、

傷付けた事を心から詫び、受けた恵みを真心で感謝し、

明日という日をよりよいものにしようという積極的な意欲をもつことなのだろう。】と、書いてある。


同じやり方のステップの実践であったとしても、

自分なりに理解する神様が、仲間一人、一人で違うように、

自分にとって正しい事の全てが、全ての仲間達にとって正しいとは限らない。


そんなスタンスで、神様の意志を尊重していく事は、必要不可欠だと思う。

ステップを実践し始めるタイミングにしても全く同じ事が言えるだろう。

ビッグブックにも、問題になっているのは、与えることそのものではなく、

いつ、どのように与えるかで、それは、失敗と成功をわける大切な事だと書いてある。


ステップをやらなければならないタイミングでやらない事も、

ステップをまだやれるような状態でないのにステップをやる事も、

結果は同じだと思う。感謝だ!

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