アルコール依存症からの回復は、不思議な力を信じた時から始まった~Soul to Soul~

人の輪の中で孤独を感じていたのは、俺だけではなかった~Solution comes true,But crazy Twelve Steps~
グッド★スーパープレイバック火曜日★モーニングッ~!

お風呂とかけて、売れていた頃のお笑い芸人ととく、

その心は、どちらも、昔は、沸かしましたッ~!ナンチャッテ~!


只今午前7時25分、会社内1時間プチマラソン中~!

本日の●●●&●●●は、晴れッ~!

いや~、昨日は、久しぶりに、仕事で手が空いたので、

少しノンビリしながら、一日、管理の仕事に徹して、

夜8時半過ぎには帰宅した。


今日一日のステップに生きるようになってから、

いつの頃からか、今日、何時に帰るかは、

会社に行って、その日の状況に委ねる形で決めるようになった。


たとえ、ミーティングに出るべき日であっても、

その日の流れに身を委ねるまでは、

絶対に自分で結論を出さないようにしている。


ヤバければ、ミーティングに出て、

また会社に戻って来て、フォローすればいいと、

気楽に、今日一日の流れに身を委ねている。


不思議と、そんな生き方をしていたほうが、

ミーティングに出るべき日に、

タイミングよく仕事が途切れて、無理なく出れたりする。


毎朝のステップに、

今日一日の計画を立てるというのがあるが、

これは、極めて重要だと思っている。


要するに、今日以下でもなければ、今日以上にもならない、

今日一日を過ごす為の適切な、神様からのアプローチだと思う。


1年、2年と、そのステップを、1日も欠かさず、毎日続け、

その重要性を積み重ねの相乗効果で、強く感じている。


例えば、アルコホーリクは、金銭のコントロールが上手くない。

俺自身もそうだった。あればあるだけ遣ってしまう。。


それでいて、自分のスポンシーや、自分の子供には、

お小遣い帳をつけろと提案したりする。

しらふでも、そんな支離滅裂な状態の時期が結構あった。


金一つとっても、一ヶ月の予算を立てて、それに委ねれば、

必然的に、今日一日の支出の金額がはじき出される。

今日一日、その金額を上回らず、下回らずに委ねていけば、

自ずと金のコントロールもつく。


たかが今日一日かもしれないが、されど今日一日だということだ。

ブレる時って、そんな小さなことをキチンとやらないことから、崩れていくものだ。

昨日の今日を新たにに、【私達は道路の自分の側の掃除をするためにやってきたのだ。

掃除が終わるまでは私達は何一つ有意義なことはできない。

私達は相手がすべきことは何かを伝える為にきたのではない。

従って話は相手の欠点ではなく、自分の欠点だけに絞られる。

~酒を止めてすぐ、父に埋め合わすをした。

しかしそのころはいつも、

自分のトラブルの全てを父のせいにして非難していたので、

耳を傾けて貰えなかった。

数ヶ月経ってもう一度父に埋め合わせをした。

今度は手紙を書いた。

その中では、父を責めることも、

父の落ち度に触れることもしなかった。

効果があった。そしてやっと私も理解できた。

自分の側のことの責任は全て自分にあることを、

神とAAのお陰で、今日一日すっきりと生きることができる。】と、書いてあった。

俺自身もそうだったが、仲間にステップ9の直接的埋め合わせの提案をする時、

ビッグブックにも書いてある通り、相手の非には一切触れず、

自分の非だけを謝罪するように、強く、強く、強く、提案している。


たとえ相手に殺されかかったとしても、

そのきっかけとなるような、

相手の状況や事実を全く考えない、身勝手な親切や思いやりといった偽善や、

明らかに悪意のあった言動や態度を少しでも、相手に浴びせていたとしたら、

そのことについて、キチンとステップ4から7を経て、ステップ8のリストに書いた上で、

経験者の判断を仰ぎ、謝罪しなければならない。


大概、ステップ8-9が上手くいかない理由は、

正しいやり方で全くやらないか、

謝りに行っても、許して貰ったり、仲直りが目的であったり、

相手の非に触れてしまう場合が殆どだと思う。


俺も悪かったが、お前も悪かったぞというオチにしてしまうと、

また、相手を傷付ける言動や、行為に必ず走る。

これは理屈ではなく、このオチこそが、次のバトルのきっかけになるのだ。

もう既にそこで、再び相手を傷付けている事になるわけだ。


相手のことは、相手の神様にお任せして、

あくまでも自分は、自分の側の掃除に徹する形で、

神様の思いに協力しないと、正していく力が与えられないのだ!


俺は、子供の頃、散々、酔っ払って、俺を虐待した親父に謝った。

正直、謝りに行くまでは、死んでも謝りに行きたくない対象だった。

俺は絶対に悪くなく、謝るのは親父のほうだと信じて疑ってなかった。

だが、ステップを手渡してくれた仲間の提案に委ね、

持っている限りの勇気を振り絞って、

親父に会って、俺の落ち度だけを謝り、あとは、何も言わなかった。


たった5分位の時間だったが、

何十年も重積してきた、親父に対する恨みや、恐れが、

そのたった5分の間に、信じられない位に取り除かれた。

それは、今も変わらない。


この時、自分の側の掃除が何なのかがハッキリわかり、

俺と神様が、一体となったと感じた。


これはやらなければ、やらなければ、

絶対に、絶対に、

わからせて貰えないことだったと思う。感謝だ!
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