ミーティングに出る事がAAプログラムの全てではないが。。

グッド★エンドレスサマー日曜日★モーニング~!

選挙とかけて、早押しクイズととく、そのハートは、

競り勝っても、その後の問題を解決しなければ意味がありましェ~んッ!ナンチャッテ~!


只今午前7時半、近所の遊歩道で1時間プチマラソン中~!本日の●●●は、晴れッ~!

いや~、今日は、日中、いろいろと忙しい為、この時間に、プチマラソンをやっている。

この後は、一家で教会のミサへ行く予定。。


たまに、ミーティングでも、メールでも、俺自身の事を分かち合っているつもりが、

仲間に、「もしかして、俺のことを言ってるの?」とか、

「あたしのことを言ってるの?」と、聞かれる時がある。


の度に、俺自身がビギナーだった頃のことを思い出す。

ミーティングで仲間が、自分自身の分かち合いをしているのを聞いて、

あてつけがましく、俺のことを言われていると勘違いし、

「あのオッサン、何で、俺のことばっかり話しているんだよ!

何で、そこまで知っているんだよ!

文句があるんなら、面と向かって言えよ!」と、勝手に思い、ムカついていた。


今思えば、こんなパターンでも、恨まなくてもいい人達を恨み、

恐れなくてもいい人達を恐れ、人を傷付けてきた。。

それは、AAだけに限らず、AAの外でも同じだったような気がする。


要は、同じ病気である以上、負のパターンは違っても、症状はみんな同じという事だ。

それは、同じ人間である以上、誰もが完璧でないという事にも通じる。

そんな病気の本質が受け入れられていないと、

自分自身が隠したいと思っていたことを仲間が話すと

バラされているように感じ、感情が揺さぶられるわけだ。


最近、仲間に、「もしかして、俺のことを言ってるの?」とか、

「あたしのことを言ってるの?」と、聞かれたら、

【俺の経験を通して、病気の本質を伝えている。

あなたが、自分の事を言われていると思うのなら、

あなたも俺も、同じ病気ということでしょう。

まあ、俺の場合、最初はそう受け取れなくて、

自分の事を言われたと勝手に思い、腹が立ったけどね。。

アッハッハッハッハッ!】と、伝えている。


今日の今日を新たにに、【伝統3~要求されたのは、

たとえもやのかかったような状態でもいいから、

自分の居場所があることを知るために一度ミーティングに出るようにということだった。

永遠の愛を誓う必要もなかった。】と、書いてあった。

たまにミーティングで、【ミーティングに出る事がAAプログラムの全てではないが、

ミーティングに出ないことには全ては始まらない。】と、言っている。


AAミーティングに初めて仲間が行き、それ相応のサービスを受けて、そこから先、その仲間が、

回復のプログラムをやっていくか、いかないか、そのタイミングも含め、

全ては、神様がお決めになる事だと思っている。


俺のやれる事は、ビッグブックの第7章に書いてある通り、

自分を使わず、多くの仲間の一人として、神様に協力する事だけだ。


その辺の見分けがつかなくなり、自分が神様の役を演じると、

無意識にすぐに回復のプログラムをやらない人達に対して腹を立て、裁き捲るようになる。


神様がやるべき事は、神様に任せておけばいいのだ。

長い目で見れば、必ず、神様のいいようにして下さっている。

人間である以上、それには逆らえないのだ!感謝だ!

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