Yさんとの出会いが無かったら。。


グッド★Prayer土曜日★モーニングッ~!

リモコンの管理も、困難です!

ナンチャッテェ〜!

只今、午前11時、

自宅近所の公園で、

1時間プチマラソン中ッ〜!

本日の●●原は、

かなり寒い、小雨ッ~!

今日は仕事が休みで、

日中はゆっくりして、

夜は、いつものコミュニティへ

出掛けます!

いや〜、先日、

AAにつながる初期の頃、

大変お世話になった人が、

10/6に亡くなったと連絡を受け、

10/10に、何人かの仲間と連れ立って、

その人のお通夜に参列させて貰った。

その人、初期の

JSOの職員をされていた人で、

いつも校長と一緒にいて、

校長とは対象的な人だった。

俺は、連続飲酒でぶっ倒れ、

救急車で、内科病院経由で、

精神病院に入院した時、

22歳だったので、

その精神病院の

ケースワーカーが、

いきなりAAミーティングは、

難しいだろうと、

頭を抱えたとのこと。。

そして、JSOに相談したら、

AAミーティングに出る前に、

JSOに来てみたらと、

提案したそうだ。。

で、それに俺がのっかって、

初めて、AAというイントロて、

校長と、10/6に亡くなった

Yさんと会った。

マシンガンの如く話す校長と、

穏やかに聞くタイプのYさんと、

何かバランスが取れていた。

そのイントロで、

俺自身がAAでやってきたことが、

既に、校長やYさんの言葉を通して、

予言されていた。

ヤングのことや、

働いて、多少残業しても出れる

ミーティングを

キャッチフレーズとした

グループなど。。

それから、不思議と、

すんなりAAにつながり、

沢山の苦労と挫折は、

ただあったが、

再飲酒も、

AAから離れることも、

一度もない。

ミーティングも、

最低、週に一度、

ホームグループの

ミーティングに出ることは、

無理なく死守できてる。

そして、

二人が予言したことも、

仲間と一緒に実現できた。

初めて、JSOに訪れてから、

校長とよりも、Yさんとの方が、

ヤング関連で、

いろんな絡みが長かった。

日本のAAで、

若い世代が、

伸び伸びとソブラエティを

保てるような環境を

賜物とできた功績は、

非常に大きいと思う。

そこに、

最も尽力してくれたのが、

Yさんだった。

あの人を無くして、

日本のAAヤングは語れない。

お通夜に行って、

Yさんの顔写真の目が、

一直線に、

俺に注がれているように感じた。

「しょうがないわね、

クルー!シッカリしなさいよ!」

と、言われているように思った。

そして、

「Yさんとの出会いが無かったら、

俺はAAに

繋がれなかっただろうな。。」

と、思ったら、泣けてきた。。

感謝だ!

↓久しぶりに、一曲、共有します!

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