アルコール依存症からの回復は、不思議な力を信じた時から始まった~Soul to Soul~

人の輪の中で孤独を感じていたのは、俺だけではなかった~Solution comes true,But crazy Twelve Steps~
グッド★マンディ★モーニング~!24Hのご無沙汰でっす~!昨日は、在宅お仕事&●の●Mac司会など、多種多彩で忙しい一日だったぜ~!今週からは、新入社員の教育の脅威来る~ッて感じで、忙しくなるぜ~!やっぱり、どうして、ナンチャッテ~!Macで力貰ったから、Mac'n Roll ソブラエティでいくぜ~!

只今午前8時55分、フレックス遅出勤途中の電車内でっす~!本日の●●●は、スーパーレインの雨ッ~!いや~、昨日は、グループのメッセージで●の●Macで司会をさせて貰い、約15分シャウトさせて貰ったぜ~!テーマは、【無力と力】で、ステップ1と2について、ギャグなど織り交ぜながら、思う存分、経験を分かち合わせて貰い、力を貰った。

ミーティングは、施設という事もあり、酒以外のアディクションの人達もいたが、意外と違和感なく話が聞けた。。

恐らく、何度か繰り返しながら、ビッグブックのマーカー部の分かち合いを仲間と一緒にやってきて、病気に対する理解や、受け入れ方や、感じ方が、深まり、ある部分は新たに気付き、変えられたから、他のアディクションを以前よりも、自分の問題として捉え、自然に聞けたような気がする。

ビッグブックのステップを実践した後に、更に理解を深めようと、12&12を読むと、不思議と分かり易いという感覚に凄く似ていた。。

改めて、ビッグブックのやり方に沿ったステップの実践の可能性の恩恵をまざまざと感じさせて貰った。感謝だ!
桜

あるAAの経験を綴った書籍に、【彼らはしもべである。彼らの特権には、グループの雑用という割の悪い仕事まで含まれる。】と、書いてあった。

AAに来て3ヶ月過ぎで、ホームGの早朝Mの会場チェアパーソンをやるようになって初めて、そんな事をやってくれた仲間がいたお陰で、会場が開かれている事を実感した。

そして、それから、会計、グループチェアパーソン、代議員、地区委員、地区幹事、ラウンドアップの実行委員、副実行委員長、その他ヤング関連など、もろもろとやって、ソーバー5年の時に、地域評議員をやって、結婚を機に、スポンサーからの提案もあって、サービスからは、後の仲間に手渡す形で、完全撤退した。恐らく、それから、6年位は、グループの役割など、全然やっていなかった。。

だが、たまたま、やり手がいなく、グループの会場チェアパーソンや、会計をやる事になった時、凄く面倒くさいというか、何でこんな簡単な事を俺がやらなくちゃならないんだと思った。

そして、そんな基本的な事ができない自分に愕然とした。そういう事は、AAだけでなく、家庭でも、仕事でも、そうだったように思う。ケアレスミスをよくやったり、簡単な事を馬鹿にして、継続してできなかった。

いつのまにか、与えられているという事から、自分で勝手に、形や上っ面で選んでいた事に、嫌でも気が付かされた。AAにいれば、道から多少それても、時には屈辱的に、いろんな現実を神様に突き付けられ、嫌でも気が付かされる特権がある。去年のステップをやり直した時もそうだった。

これからだって、AAにいれば、きっとまた新たに、何か気が付かされるだろう。。

それも約束されているから、自分のプログラムからは、目を離されないような気がする。

神様は、いきなり、突然、意外なところで、センセーショナルにやってくる月光仮面みたいだぜ!感謝だ!
今日

グッド★サタディ★イ~ブニング~!昨夜は、●●原Gの●●田会場のミーティングに乱入して、5分位シャウトさせて貰い、スッキリしたぜ~!オッ、松田に来たのは、月末だった~!ナンチャッテ~!只今午後9時、銭湯帰りの遊歩道で、1時間プチマラソン中~!本日の●●●は、晴れッ~!今日は、朝から自宅でテイクアウトお仕事だぜ~!いや~、昨日は、月に1度の●●原GのスピーカーズMで、またまた、英語&日本語ペラペラのアメリカ人の仲間のスピーカーを聞きに行ってきた。お題目は、ビッグブックのステップ5-6-7で、凄く参考になった。スピーカーの仲間いわく、ステップ1の次にステップ6-7が大切だと言っていた。今回、前半の45分は、スピーカーで、後半の45分は、集まった仲間達での分かち合いだった。ビッグブックでは、ステップ5からは、第6章の【行動に移す】で、実際に4-5のステップが終わってから、その後のステップで何をやっていくのかを、スピーカーの仲間に、ビッグブックに書いてある内容に沿って、分かり易く、手順的に経験を伝えて貰った。ミーティングが終わった後、そのスピーカーの仲間に、去年の春にビッグブックの1度目の4-5をやってから、今年4月一杯位までの1年の5ステップをお願いし、5月の半ばにやってくれると快く承諾して貰った。まあ、今後も、ステップ10-11を継続していたとしても、年に1度は、自分の大掃除をしたいと思っていて、今年は、直感的に、昨日のスピーカーの仲間にやってみたくなり、決心した。正直、また、8-9をやるのかと思うと、うんざりだが、神様と約束した以上は、該当者がいたら、やらなくっちゃな。。まあ、真摯に5ステップをやれば、また、神様が力貸してくれて、その気にさせてくれるだろう。。ミーティング終わってから、スピーカーの仲間を囲んで、集まった仲間達と、食事会ドンチャン騒ぎをして、英語&日本語ペラペラなスピーカーの仲間と、AAでまだ若かった頃に、お互いが出会った時からさかのぼって、いろいろと語り明かせて良かった。しらふで、同年代の国籍の違う仲間と昔話で盛り上がれるなんて、感無量だ。。これもシンプルにAAのお陰で、飲まないで生きてこれたお陰だな。。感謝だ!
あるAAの経験を綴った書籍に、【AAに来る前、私は周りの人達と「合わない」と感じた事が度々あった。】と、書いてあった。過去の生き方の中で、飲み出す前も、飲み出してからも、いろんな意味で共通している事が沢山あった。その中で、人とは違う自分の現実に凄く苦しんだ事が、かなり大きかった。AAに来て、しばらくは、酒を飲んでいたから、そうだったと思っていたが、それだけではなかった事、今は凄くよくわかる。コアになる部分は、父親との関わりにあって、父親に言われた通りに出来なければ駄目だと思っていた。そして、人に対しても、人の価値観に合わせるか、自分の価値観に合わせるかのどちらかで、よりよい人間関係を保とうとしていたように思う。だが、それは出来なかったから、俺は、人とは合わないとか、仲間外れにされているとかと、過敏に反応していた。人は、顔が違うように、全てを同じにする事はできない。。それを必要以上に合わせようというのは、何かを恐れているからだと思う。要は、自分に自信がなかったり、AA的に言えば、信仰がなかったりすると、自分と同じような人を作り上げ、安心しようとする。俺は、そういう部分、凄く強かったように思う。結局、自分が人に合わせるとか、自分に人を合わさせるという事ではなく、自分なりに理解した神様に自分が合わせていく事が最も大切のような気がする。そうでないと、人の生き方や、人の神様を尊重する事はできないだろう。周りの人達と「合わない」と感じた時は、きっと、神様に合わせていない時でもある事に気が付ける自分でありたいと思う。感謝だ!
グッド★フライディ★モーニング~!近所で空き巣が入ったらしいが、家を留守にする時は、鍵をかけるに限るな!ナンチャッテ~!只今午前7時25分、会社内1時間プチマラソン中~!本日の●●●&●●●は、晴れッ~!いや~、昨夜は、ホームGのバースデーミーティングに出て、テーマは【希望】だった。普段あまりミーティングで一緒にならない仲間など、多くの仲間達が集まり大盛況だった。飲んでいた時、酒を止めてからもしばらくは、絶望は共通していたような気がする。トータル的に言って、大なり小なり、自分の思い通りにならないと、ガックリして、いつも同じような感情になった。何もする気にならないか、誰かに当たり散らすか、どんな手を使ってでも、たとえ人が理不尽に傷付こうとも自分の思い通りにするかで、いずれの場合も、最終的には、更に絶望し、惨めになった。。だが、希望は、飲まない生き方が進むにつれ、少しづつ変わっていった。今は、ビッグブックのステップに切り替えたから、ハッキリわかるのだが、ビッグブックのステップをやる以前にも、十分とした希望はあったし、それがあって、大きくなっていったから、20年もかかったが、ビッグブックのステップをやる方向へ導かれていったように思う。大きな転機というか、きっかけは、仲間が俺の状態や、回復に対して、押し付けや、決め付けとかでなく、単純に興味を持ってくれた事だったように思う。そして、力になれる事は、いつでも力なるから、遠慮しないで言ってくれなんか言われ、言葉や、表情には、正直に出せなかったが、内心、凄く嬉しかった。で、実際に本当に困った時、助けて貰い、お礼をと言ったら、「そんな、お礼なんかいらないよ。。俺も困った時、先行く仲間達に同じように助けて貰ったから、君ももっと回復したら、新しい仲間達の助けになってあげてくれれば、それでいんだよ。」と言われ、何か凄く好感が持てた。。そんなニュアンスな事が、沢山あって、俺も仲間に興味を持ってゆき、希望が芽生えていったように思う。人生、自分の思い通りにならない事が沢山あって当たり前で、嘆いてもしょうがない事に、嘆いていた事がよくわかる。。そんな、一人では気が付けなかった事を仲間との関わりで、沢山気が付かせて貰い、楽にして貰った。。そして、嘆かなくてはならない事に嘆いて、神様の意志に頼って、神様のいいようにして貰えたような気がする。感謝だ!
あるAAの経験を綴った書籍に、【私は自由を求めてやまなかった。最初は飲む自由、そのあとは飲まない自由だった。】と、書いてあった。飲んでいた時、よく言っていた言葉に、【自分の稼いだ金で、好きな酒を飲んで、何が悪いんだ!】というのがあった。だが周りの人達は、別に俺が酒を飲む事だけを差して、たしなめようとしていた訳でなかった事、アルコホリズムが、どういう病気なのかが、ハッキリ見えるまでは、わからなかった。だから、AAに来ても、酒さえ止めれば、病気の中の殆どは解決すると思っていた。。確かに、飲む事だけに平安を求める自由から、飲まない事だけに平安を求める自由に変わった事は大きかったと思う。それは、ミーティングに出続ける事だけで、どうにかなった。だが、ミーティングに出る事は、AAプログラムの全てではないが、ミーティングに出なければ全てが始まらなく、ミーティングに出て、酒を飲まなくなる事は、言葉の通り、始まりにしかすぎないのだと思う。ゴールじゃない。。折角、酒を飲まなくなっても、すぐに酒の代わりとなる他のアディクションに走ったら、結局は酒を飲んでいるのと、たいして代わらないモードとなり、酒を飲んでいないんだから、いいだろという考えになりやすい。AAは、まず酒を飲まない状態を作り、頭をスッキリさせてすぐに、本格的に病気から回復していく為の12のステップをやっていくようにと提案している。酒を飲まない自由は、12のステップの実践していくにつれ、すぐに楽にさせてくれるものばかりではない事を悟らせてくれるし、それを同意する形で受け入れさせてくれる。逆に、それが本当の自由だし、一人では、人間的力では、与えられないものだと強く感じる。自分が好き勝手に生きる事で、誰かを不幸にしてしまったら、それは自由でなく、何かに支配された生き方だと思う。俺的には、人の自由を奪ってまで、自由になりたいとは思わない。それじゃ、飲んでいた時と一緒だしね。。感謝だ!
あるAAの経験を綴った書籍に、【「一度アルコホーリクになったら一生アルコホーリク」なのである。~~もう「治った」と思ったり、時には飲み方が違っていた事もあったのにと言って、自分をごまかす必要などないのだ。飲まない生き方が神からの贈り物なら、私から神への贈り物は、私が飲まない生き方を続ける事だ。自分に与えられた贈り物に私はとても幸せなように、神様も私からの贈り物に幸せであるように願っている。】と、書いてあった。ビッグブックの中に、仕事で成功をおさめられれば、酒は飲まずにいられるという条件を掲げて、仕事している間は、果敢に飲まないでいれたけど、定年退職してから、すぐに飲みだして、数年で亡くなったという人の話が書いてある。そのストーリー、俺にとっては人事に思えない。AAに来て、回復の中での目標に、経済的な安定というのがあったからだ。。ソーバー10年の頃は、完全にAAと逆転してしまい、AAが馬鹿らしくなり、それ以来、AAから離れてしまおうかという事も、数え切れない位あった。経済的な安定があってのAAなんだみたいな。。ミーティングでは、話しはしなかったが、本音はそうだった。。今思えば、AAに来てからも、非常に危険な状態である事も、ただ多かったと思う。去年、ステップをやり直してみて、肉体・精神・霊的に、回復を目指さなければ、必要最低限の衣食住を含む、経済的安定の維持なんて有り得ない事がよくわかった。例えば、極端な事を言えば、今、仕事を失ったり、家族を失ったりして、一文無しになったり、一人ぼっちになったとしても、AAとハイヤーパワーさえあれば、どうにかなると心底思えるし、逆にそういうスタンスで生きていた方が、自分の側の問題で、そんな事は起こらないと確信できる。だが以前は、仕事や家族を失う事が、無条件で恐かった。。完全に必要以上に依存して、ある面、酒の変わりとなり、その事だけにしか、幸せを見出していなかったようにも思う。だから、一度アルコホーリクになったら、一生アルコホーリクだという現実から、肉体的に・精神的に・霊的に、決して目をそらさないよう、ミーティングで力を貰い、日々のステップをシッカリやって、第一のものは、第一に守って、生きていかねばと思う。感謝だ!
あるAAの経験を綴った書籍に、【闘う必要も、意志を行使する必要もない。これらの12のステップを使い、私のハイヤーパワーに真の行為を行って貰うなら、アルコールの問題は自然と消えていく。生きていく上での問題も闘いではなくなる。受け入れる事が、もしくは変わる事が必要かどうかを尋ねてみるだけでよい。行動の必要は、私の意志でなく、ハイヤーパワーの意志によって決まるのだ。】と、書いてあった。過去の生き方の中で、自分の行動の全てを神様の意志に委ねるなんて事は不可能だと思っていた。ビッグブックのステップをやるようになってからは、更に一つのパターンが見えた。それは、人目のつくところでは、かたくなに神様の意志を強調して、その通りにやって、人目のつかないところでは、自分の考えを使いまくって行動していた事だ。ビッグブックのビルの物語のステップ2の部分に、隠れ酒という言葉があるが、普通、隠れてコソコソ酒を飲む事じたいおかしな行動だと思う。AAに来ても、そんな後遺症が残っていて、表の顔と裏の顔を持つ自分にハッとさせられた事が何度もあり、その事で、結構苦しんだりもした。だが、ステップを実践する事で、いま一人の仲間に全てを明らかにして、自分の非を同意する形で認め、キチンと埋め合わせするプロセスを経て、初めて納得し、能動的に、神様の意志としての改善という行動ができたように思う。それがないと、おかしな事やっていても、表向きではおかしくないのはわかっちゃいるが、自分の中では、別に誰も見ていないんだから、どうとでもできるという考えが優先して、闇に葬り去ってしまう。。俺の場合は、そんな事が、AAに来てからも、結構あったと思う。そんな痛い経験を経て、今思う事は、どんな時でも、やるべき神様の意志は一つしかなく、事が済んで、少し時間をおいて振り返ってみると、より、その一つしかなかった神様の意志が明確に見える。だから、今日一日を振り返るステップの実践が必要で、今日は今日の本番であり、今日は明日のリハーサルなんだと思う。感謝だ!
グッド★オーシャン・サタディ・ピース★アフタヌーン!春のラウンドアップは、山梨か~!山梨といえば、甲府だよな~!甲府の人達は、幸福か~!ギャ~~~オッ!ナンチャッテ~!只今午後3時、近所の公園で1時間プチマラソン中~!本日の●●●は、快晴ッ~!いや~、昨夜は、仲間の5ステップを一緒にやらせて貰い、ステップ5が終わった後、すぐにその場で、6-7ステップをやって、8-9ステップを誰にやるかの見極めをし、ピックアップした人に、向こう1ヶ月で完全に8-9ステップを終わらせる予定で進める事になった。昨年の11月から、キチンと渡された仲間からの提案通り、ステップの順番に沿って、ビッグブックのマーカー部分の分かち合いをしながら、じっくりと進めてきて、たった5ヶ月で、相手の仲間が目まぐるしく目覚めていく姿、まさに霊的体験となった。ビッグブックのやり方に対して、忠実にステップを実行する事が、いかに効くか、実際に手渡され、手渡す事で、確信できた。そんな形で、仲間の霊的目覚めの助けになれる事は、本当に幸せだ!感謝だ!
あるAAの経験を綴った書籍に、【私達にとっては、物質的な豊かさは霊的成長のあとに続いて起こるのであって、その前に起こるものではないのだ~~所有する為でなく、手助けの為に自分が動く時、私の生きる目的はいっそう明らかになる。】と、書いてあった。飲んでいた時、働いていても、いつも金に困っていた。。稼いでも、稼いでも、あればあるだけ遣っていたから、いくらあっても足りなかった。そんな状況で、1ヶ月の給料がいくらであっても、それに関係無く、貧乏だと思っていた。。連続飲酒から、AAにつながる時には、既に借金は3けたになっていた。酒がコントロールきかなくなり、そのコントロール喪失が、酒以外のものに飛び火していった。霊的に言ってしまえば、酒に幸せや平安を求め、金と裕福な安定した生活などと、他のアディクションにも幸せと平安を求めていった。金のコントロールを本腰入れて学んだのは、AAにつながって最初の1年の頃の生活保護の頃だったように思う。当時のスポンサーや、同じプロセスを経て自立していった仲間達の提案通り、毎日小遣い帳をつけて、余計なものは買わないようにして、毎日自炊してやっていったら、僅かながらでも、貯金もできた。まあ、就職してからは、浪費するような事もあったが、生活保護時代の経験があったお陰で、浪費していると気付け、戻す事ができたような気がする。そして、今、俺の稼いだ給料の大半は、家族の為に使っている。自分の小遣いは、生活保護の時よりも少ないが、それでも、必要な事だけに金を使っていれば、毎月貯金もできるし、金に不自由している感じも全くない。。そして、ステップの実践の継続で、世の中の役に立っていく事に自身の幸せを感じれるようになってきて、必要以上の生活の安定や、金に対する執着がなくなっていったように思うし、人の為に金を使えば、使う程、金は巡ってくるような宇宙の法則みたいなものが、なんとなく理解できた。何事も、自己満足だけに幸せや平安を求めていっても、アルコホーリクにとっては、いくらあっても足りない、麻薬でしかないような気がする。感謝だ!
あるAAの経験を綴った書籍に、【他の人への愛と寛大な気持ちをいつも持つことは、私達が守るべき決まりである。~恨みや怒り、人が罰せられるのを見たいというような願望は、魂を堕落させる。そういう事によって自分がトラブルに陥り、がんじがらめに縛られてしまう。自分の本来の問題とはなんの関わりもない別の問題にまで巻き込まれてしまうだろう。】と、書いてあった。《他の人への愛と寛大な気持ちをいつも持つことは、私達が守るべき決まりである。》という部分、ビッグブックのステップ10の毎晩の実践の3つの中の1つで、1番最後のところに結びに、決まりというMust的な、強い書き方をしている。AAにつながり、生きていく事においての様々な問題にぶつかった時、新しい仲間や、スポンシーなどの人達の助けとなる行動をしていると何故か、胸の痛みは緩和され、自分の問題に対して、神様の意志的解決をしていく導きを呼び込んでくれたように思う。まるで、そうしなければならないような感覚だった。。極端な事を言えば、自分が毎日ステップをやっていないのに、スポンシーに対して、毎日ステップをやった方がいいなんて言ったところで、何の説得力もないし、そんな事はいろんな神様の意図的な形で、必ずバレる。AAに来て、酒が止まったとしても、解決されていない問題をもっていて、正当化するような形で、繰り返していると、似たような問題を持っている仲間と関わると、必ずその仲間の、その問題に巻き込まれる事となる。大切なのは、やっちゃまずい事、言っちゃまずい事を、やったり、言ったりして、酒は飲まなくとも飲んでいるような状態になってしまう事、恐らく、シッカリとしたステップをやって、やり続けていなれば、気が付けないし、第3ステップに立ち返って、ボスの役を演じていた自分に気が付いて、神様との約束を果たすスタンスに戻す事もできないだろう。。そうでないと、飲んでないだから、それなりにAAをやっているんだから、いいジャンッて事で、飲んでなくともラリッている自分に気付けない。。酒以外の問題で、断ち切れないものがあるとしたら、自分がどういう状態にあるのか、ビッグブックの第4章の最初の部分に書いてある、【あなたが本気で酒を止めたいと思っているのに、きっぱり止められないようなら、~~】の部分の酒をいろんな事に置き換えて読んでみると非常にわかりやすいと思う。ステップ1の理解不十分で、酒の代わりを見つけている自分に気付くはずだ。自分が、自分の回復の状態を目標とできるようなソブラエティができていないと、なかなか、苦しんでいる仲間達の助けになる事は、難しいと思う。それは、俺が凄いと自慢している訳ではない。唯一、俺の意志が正しく使えている時は、ステップに従って生きている時だけだという確かな実感があるからだ。そんな形で、仲間あってと、ステップの実践あっての俺なんだという事を絶対に忘れないよう、精進してゆきたいと思う。感謝だ!
あるAAの経験を綴った書籍に、【私達の考えは役に立たなかったが、神の考えは見事に働いたのだ。】と、書いてあった。一昨年の秋から、アメリカ帰りの仲間と何人かの仲間と一緒に、ビッグブッグの分かち合いを始め、結果的に、そのアメリカ帰りの仲間が、実際にアメリカへ渡り、アメリカ人のスポンサーから、一緒にやる形で渡して貰ったビッグブックのステップを、俺も渡して貰った。ただ、そこまでにいくまで、いろんな葛藤があった。と同時に、改めて俺自身の問題も、いろんな角度から見る事ができたような気がする。最初は、断片的に、似たような事を昔からやってきている訳だから、参考程度としか言っていなかった。だが、段々、決定的に違う部分が見えてきた時、それを仲間に知られたくない不正直さが、溢れ出していった事、今でもハッキリ覚えている。アメリカから持ってきた仲間のやり方をまるっきり経験していない俺は、その効果を全くわかりませんという事が、自尊心と誇りとを過度に傷付いたままの俺には、言えなかった。。そして、そこからくる恐れや恨みに苦しんだ。恐らく、わかんないから教えてくれよという事、自分よりも力を持った人間にしか言えなかったように思う。例えば、先行く仲間とか、職場の上司とか。。人を信仰し、人を偉大な力にしていた。。それも俺の性格上の欠点で言えば、わがままでもあったと思う。誰に対しても、わかんねえよ~ッて言えたら、どれだけ楽だったか、今振り返るとよくわかる。今の俺にとって、俺の力だけで理解できる事は、ほとんどない。。ただ一つ言える事は、子供なんかに聞きたくないような恥ずかしい事も、霊的に馬鹿になって、謙虚に聞いてみて、教えて貰うと、知らない事を知る恵みを与えられるし、聞いて良かったという、神様の考えのナイスな心意気的働きを感じ取る事ができる。神様の考えに沿ってやっていけば、必ず神様のいいようにして貰えると約束されているという事は、スーパーウルトラ心強い。だから俺も、神様との約束は、神様に協力する行動と引き換えに、最低守っていかねばと思っている。やはり、俺にとっては、全てがハイヤーパワーだ!感謝だ!
あるAAの経験を綴った書籍に、【これは一晩でどうなるという種類のものではない。生涯続けていくべきことだ。】と、書いてあった。去年の6月にビッグブックのやり方でのステップ8-9が終わり、伝えてくれた仲間に、具体的にステップ10-11-12のやり方などのレクチャー、メッセージを受け、その通りに今日まで続けている。毎朝、毎晩、迷った時、動揺したり落ち込んだりした時など、ビッグブックに書いてある通りにやっている。これを続けて半年位した時、なんか飲んでいた頃や、過去の生き方の中で、似たような事をしていたよなと気付いた。そう、そう、そう~!酒を飲んでた。。AAに来てからは、酒は飲めなかったから、嫌な事があれば、人に当たったり、必要以上に本能の域を越えるなど。。例えば、仕事にハマったり、異性にハマったり、金など、経済的にだけに安定した生活にハマったり。。言い出したらキリがない。。今は、形はどうであれ、人は自分を平安にしてくれるものは、絶対に忘れない事がわかった。確かに、酒を飲んでいた時も、今ステップをやる時も、嫌だなあと思っても、絶対に忘れない。。これは、間違いなく一夜にして起こったものではない。。毎日の繰り返しで、神様から教えて貰ったものだと言い切れる。こんな形で、神様との約束を毎日守っていれば、神様は必ず、丁度いいタイミングで、今の俺に必要なものをお与えになって下さる。感謝だ!
朝日2

あるAAの経験を綴った書籍に、【ステップ3が次に続くプログラムへの扉を開く。導きを求めて神に祈るなら、どのような事が起ころうと、それは起こりうるものの中では最高の出来事なのであり、たとえそれが私の望む事ではなかったとしても、起こるべくして起こった事だと理解できる。一人ではできない事も、神にお任せするなら、神は私の為にして下さる。】&【朝目が覚めたら、自分の目の前にある二十四時間のことを考えよう。その日の計画を立てる。取りかかる前に、神に私たちの考えに導きを与えて下さるように、とりわけそれが自己憐憫、不正直、利己主義といったことから切り離されるよう、助けを求める。~自分がその気になれば、どの時点でもやり直しがきく事を、必要なら100回でもやり直しがきく事を、どうか気づかせて下さい、と。】と、書いてあった。昨日の●京●●ーGのミーティングは、ビッグブックの第6章の読み合わせをして、その部分を仲間達と分かち合った。丁度そこに借金の事について書いてあった。AAに来た時、サラ金に、借金があった。額は書けないが、2、3年は、普通に働いて、生活をかなり切り詰めて、ようやく返せる程度の金額だった。生活保護を受けていた時や、バイトしてた時は、事情を話して待って貰い、ソーバー3年位の時に、ようやく返せると思ったが、しらをきって、踏み倒そうかという古い考えも出た。そんな矢先に、田舎に行って、悪いと思った人達に謝りに回った。そして、友人の彼女をそそのかして、半分かつ上げみたいにして借りた金を返そうと、その友人に謝りに行ったら、そんな金はくれてやるから、二度と来るなと一発殴られた。。殴られて、俺が奴達に対する埋め合わせは、二度と奴達の前に現れない事と、同じ事を繰り返さないという事がわかった。それから東京に戻ってきて、あいつらは、借りた金を受け取ってくれなかったけど、サラ金は借りた金を受け取ってくれるんだよなと思い、自分が借りた金を返すのを受け取って貰える事を有り難く思えた。。人生、金だけでは解決できない問題がある事を知らないと、本当の金の価値はわからないんだなと、当時、25才だった俺は悟った。それから馬車馬のようにAAをやり、働いて、3年で、受け取って貰える借金をチャラにしたが、借金をチャラにして、また新たなスターティングオーバーとなった。今思えば、借りた金を返すだけだったら、簡単だと思う。だが、何で返せない金を借りてしまったのかを分析して、ケアしていく事は、今日一日の積み重ねで、一生もんだと思う。だから、毎日、ステップを実践し、自分を確認して、誤った時は直ちに認め、改めていく責任が俺にはあると信じて疑わない。感謝だ!

朝日

グッド★スーパー水曜日★モーニング~!昨日、お客に頼まれた無茶な要求をのむ事、社長に頼むか~!ナンチャッテ~!昨夜は、●京●●ーGのミーティングに久々に突入し、5分位、シャウトさせて貰って、スッキリしタワ~~!イェ~~イッ!只今午前7時25分、会社内1時間プチマラソン中~!本日の●●●&●●●は、晴れッ~!いや~、昨夜は、久々に●京●●ーGのミーティングに出て、5分位シャウトさせて貰い、スッキリしたぜ~!帰りは、何人かの仲間達と一緒に、地元周辺まで電車で帰ってきて、途中、ジョーク交じりのステップ談義に花を咲かせ、なかなか楽しかったぜ!不思議なもんで、ミーティングに出た後、仲間達と大切な事や、どうでもいい事など、ワイワイ話し、腹の底から笑ったり、腹の底からシラけたりしながら、仲間意識を満喫して、帰宅すると、就寝前にやる、祈りやステップ10-11に集中できる。。ステップの実践には、ミーティングでの分かち合いや、仲間達と腹を割ってコミュニケーションを取るなどによる支えや、仲間意識や、力が必要だな。。やっぱ、仲間あっての俺だし、仲間あってこそ、俺のステップの実践が維持できていると強く感じる。感謝だ!
あるAAの経験を綴った書籍に、【私の決心は、不安やプライド、エゴに基づくものだった。】と、書いてあった。昨日の●●BBGのミーティングで、何人かの仲間達の分かち合いの中で、ある新しい事を強く感じた。言葉に上手く表現できないが、例えば、自分の行動の決心が、不安やプライド、エゴに基づくものだったとしたら、今の自分のプログラムに何か問題があるだろうという感じ。。スポット的にも全く同じで、その行動を棚卸ししてみれば、すぐに性格上の欠点が見えるだろう。あくまでも俺自身が感じる事だが、自分は思いやりがあると信じて疑わない状態で、身勝手であったり、自分は、正直だと疑わない状態で、滅茶苦茶、自分や神様に嘘をついているというのが、この病気の特徴でもあると思う。だから、何でも人のせいにしてしまいやすい。。自分の事は、自分の頭の中では、わからないし、自分で自分の事には、無力だ。だから、毎日、ステップを用いて、自分を確認していく必要があるのだと思う。感謝だ!
あるAAの経験を綴った書籍に、【何か今まで違う事や、やった事のない事をやってみようという考えは、それを定期的に行うのなら、また、あれこれ迷わず思い切ってやってみるなら、結果的に信仰の行為となる。】と、書いてあった。酒を飲んでいた時の後遺症に、妄想癖というものがあり、よい考えが浮かんでも、飲んでいて出来ないから、いつのまにか、考えただけで、やったつもりになってしまって、それで終わりにしてしまう事が、AAに来てからもかなり残った。だから、実際にやり遂げた人達と意見が合わずにトラブってしまった事が案外多かった。まあ、ありきたりだが、信じる事と信仰は別で、信じた事をやり遂げて、結果を出して、信仰としていけるのだと思う。だが、妄想癖が邪魔すると、考えだけで信仰と勘違いして、酔っ払った状態になりやすくしてしまう。折角、飲んでいない訳だから、たとえ正しいと確信できている事でも、実際にやってみて、本当に正しいか否かを、全身全霊で確認してみる謙虚さは、必要だと思う。俺は、約22年、AAのキャンパスにいるが、今日の今、こういう展開になるとは、全く想像できなかった。それは、シンプルに22年、AAにいたから、育てられ、導かれ、教えられ、与えられ、感じられているのだと思う。これが俺にとって、史上最強の信仰だ!絶対に失いたくない。。その為にも、ミーティングを母体に仲間と分かち合い続け、そこで与えられた力と支えをもとに、一に行動、二に行動で、ステップをやり続けていくだけだ。感謝だ!
あるAAの経験を綴った書籍に、【時々私は立ち止まり、自分の成長の具合に目を向ける。自分の庭からはかなりの雑草が取り払われたが、それでも、思いっきりカマをふるって根こそぎ抜き取ったはずの場所にも、また新たに雑草がはえているのが毎回見つかる。はえてきたばかりの雑草をつみ取り(まだ出始めの頃のほうが簡単なのだ)、そこに育っている野菜や花ばなをながめると、そのみずみずしさに心が洗われ、これまでの作業が報われる思いがする。私のソブラエティは育ち、実を結んでいる。】と、書いてあった。先日のアメリカ人の仲間のスピーカーの中で、毎日、ステップ10-11やっていても、定期的に大掃除をやる事の必要性を強調していた。普段の掃除に喩えて、机の下など、隠れている部分にホコリが残っていたりと、自分が全く気が付いていない汚れは、意識して大掃除をしないと、なかなか気が付く事も、綺麗にする事もできないと言っていた。確かに、恨みのリストを書き出す前は、恨んでいる人なんか10人位かなと、頭の中でイマジネーションしたが、実際書いてみると、桁が違った。。百数十人にのぼり、生まれてから、今日まで、出会って関わったほとんどの人達を恨んでいた事に嫌でも気が付かされた。それは、裏を返せば、相手の問題ではなく、自分特有のパターンで、相手が思い通りにならないと面白くなくなり、恨むという現象でもあった。人が変わっても、たいていは、同じパターンで恨んでいた。それが縦に書く事で凄くよくわかったし、いかに自分の問題を人のせいにして、霊的に病んでいたかが、よくわかった。多分今の俺も、毎日、ステップ10-11をやっているからといっても、自分の全てが見えている訳ではないと思う。折角のハイヤーパワーを無駄にしない為にも、神様に素直になって、定期的に、大掃除をやって、雑草を取っ払って、更に、より良い道具を目指したい。感謝だ!
あるAAの経験を綴った書籍に、【私達の問題は実は全部自分で招いた結果なのである。私達が自分で問題を起こしたのだ。】と、書いてあった。昨年、仲間の提案で、8-9のステップを完全にやった方がいいと言われ、渋々了承して、速攻やった。まあ、渋々という思いは、まだ、自分があった証しでもあると理解している。結局、どうしても許せない、人間以下だと思っていた3人の人達に対して、4-5をやった仲間から、謝った方がいいと言われ、謝って、いろんな気付きがあった。俺は、恐れから、その人達に対して、普段から腹を割って、言いたい事を言えない状態を自分で勝手に作っていた事に気が付いた。そして、何かおかしな事を言われる度に、自分の思いを普通に話す形で伝えられず、言いなりになるか、ブチ切れるかだった。。そういう意味でも、その3人には大変申し訳ない事をしてしまったと思っている。この事には、勇気を振り絞って、8-9のステップをやらなかったら、神様に気が付かせて貰えなかった事、今は凄くよくわかる。やっぱ、ビギナーの頃、遠くのミーティング場へ苦労して行った時の仲間の言葉が、今でも残っているように、苦労してやったステップの実践の恩恵は尊い。感謝だ!
あるAAの経験を綴った書籍に、【私にも自分より偉大な力の恵みがわかるかもしれない。このことを認めることが、最終的な答えだった。「信じるようになろう」という意欲を持てば、その力が私にソブラエティを与えてくれる。】&【ハイヤー・パワー ---- どんな状況でも有効に働いてくれる信仰 ---- は、存在し得る事を学んだ。】と、書いてあった。最初AAにつながった時、ある仲間に、「騙されたつもりで、AAミーティングに3ヶ月出続けてみて、AAをやっていくか否か決めても遅くはないのではないか?」と言われ、昨年、ビッグブックのステップをやる時も似たような事を仲間に言われた。そこで迷い、ちゅうちょしてしまう状態が、その時、その時のステップ1と2が、完全に入っていない状態なんだなあという事が、今は凄くよくわかる。だから、第3ステップの完全にお任せしますと、神様に言いきれない。。食わず嫌いになってしまったら、何もかもがぶち壊しなんだというのが、俺自身のアルコホリズムにあてはめると実によくわかる。AAの内外で共通する事でもあるが、何事も、新しい試みは、実際に経験して成功した人に伝授して貰い、そのやり方に従ってやり遂げて、いいか悪いかを判断するのが、基本であり、流儀であると思う。俺は、実際にビッグブックのステップを完全にやり遂げて、何年かやり続け、それで結果が出なくて、自分には合わないという話なら聞けると思うが、やりもしないで、駄目だという話は聞けないと思う。ただ、それだけの事だ。。そんな事に意固地になっていた自分の病気の深さに、今頃になって笑って気が付かされる。感謝だ!
グッド★サタディナイト・フィ~バー★イ~ブニング~!今日の昼飯は、おいランチで食べたぜ~!ナンチャッテ~!昨夜は、●●原Gのミーティングに突撃し、日本語ペラペラなアメリカ人メンバーのスピーカーを聞き捲り、スーパーウルトラ感動したぜ~!只今午後9時、近所の公園で、1時間プチマラソン中~!本日の●●●は、快晴ッ~!いや~、昨夜は、仲間からの誘いもあって、●●原Gのミーティングに参加した。20年位前にヤングミーティング関係で関わった事のある、俺と同じ年で、ソーバーの1年浅い日本語が凄く上手いアメリカ人の仲間のビッグブックを用いたステップのスピーカーを聞きに行ってきた。20年前に、初めて彼と会って、いろいろ関わった時は、凄く高慢な奴だなと思ったが、(俺も人の事は言えないが。。)日本のAAの30周年があった福岡で、久々に会って、雰囲気が随分変わっていて驚いた。そして昨夜、彼のステップの話を聞いて、凄く共感ができ、良かった。彼も、AAにつながってすぐにビッグブックのステップをやったのではなく、ソーバー5年の時にやりだし、現在まで継続しているとの事だった。彼は、WSMで、日本人の評議員に通訳をしてくれたりと日本を手助けしてくれ、経験的にサービスにもたけているにも関わらず、凄く謙虚なスタンスで、気持ちのいい人柄をかもし出していた。昨夜のお題目は、第5章で、主にステップ3と4の部分を分かり易く伝えてくれた。話を聞いていて、俺的に大切だと感じた中に、【自分本位で、利己主義、それが私達の問題のおおもとなのだ。恐れ、自己ぎまん、身勝手、自己憐憫、様々な形のそうした感情に駆り立てられて、私達は人の足を踏みつける。相手も踏み返す。時には理由もなしに人に傷付けられる事がある。だが実は、過去に私達が自分勝手な決断をした為に、その結果いま自分が傷付く立場に立たされているという事に、嫌でも気付かされる。】というフレーズがあった。スピーカーしてくれた彼的には、酒を飲むこと事態は単なる症候でしかなく、本当の問題のルーツ、木の根っこは、目に見えないが、凄い力があるという事と、ステップ1と2が入ってなければ、ステップ3はできないと強調していた。要は、木の根っこのように目に見えなく、持ち上げて、土の中から出そうにも、なかなか持ち上がらないような強力なものは、神様の力でなければ、どうする事もできないし、下手したら、生涯、その根を見なかったが為に、自分の問題が何か気付けずに終わってしまうという事だった。もう一つ印象的だったのが、年配の女性が、一生懸命、ビッグブックにマーカーを入れ、かじりついて話を聞いていた姿を見て、凄く心強いものを感じた。その仲間もかなり古い仲間だが、何とか新しいものを謙虚に取り込もうという姿勢に感銘を受けた。不思議と昔、今でも存在する、日本で初めて仲間と一緒に始めたAAヤングミーティングがらみの関わりがあったお陰で、いろんな意味で助けられている今がある。俺にとっては、ヤングミーティングの活動をやり続けてきた事が、神様の意志であったと、今頃になって、気が付かされた。感謝だ!