アルコール依存症からの回復は、不思議な力を信じた時から始まった~Soul to Soul~

人の輪の中で孤独を感じていたのは、俺だけではなかった~Solution comes true,But crazy Twelve Steps~
あるAAの経験を綴った書籍に、【私は自分の本当に愛するものの為に時間を使う。ステップ11は、私とハイヤーパワーが共にいられるようにする為の訓練であり、神の助けによって直感やインスピレーションが可能なのだという事を私に思い起こさせてくれる。】と、書いてあった。先日、会社に泊まって仕事していた時の深夜に、息抜きで、ITのAA関連のWebを閲覧していたら、あるブログに、家族の中の一人が、明らかにアルコホーリクで、一緒に生活している人達に影響を及ぼしており、一刻も早くどうにかしないと、更に傷を深め、一家分裂になるような事が書いてあった。(実は、このブログ、2週間位前から、危なっかしいなあと思いながら、度々様子を覗いていて、何とかなってくれればなあと祈っていたが。。)とっさの判断で、いちか、ばちか、アルコホーリク本人以外の家族の人にメールを入れてみたら、すぐに返事が来て、メールでのやりとりで、どこか相談できるようなところがないかと聞かれ、相手に住まいは、どこかと聞いたら、日本のはずれという答えが返ってきて、愕然とした。。一瞬、〔。。東京にいる俺には、知り合いもいないし、行った事もないし、何も力になってあげる事ができない。。神様、いったい、どないせぇーちゅうねんッ?〕と、心の中で、つぶやいた。。がしかし、こんな時のAAの提案に従って、11ステップの霊感や直感的な考え、あるいは決断を与えて下さいと無意識に神様に祈ってみた。。その瞬間、まさかのインスピレーションというか、つい先月、AAの同期である仲間が、そこにいる事を思い出し、すかさず、その仲間に連絡を取って、事情を説明し、その家族の人達の相談にのって、力になってくれると承諾を得れ、その日のうちに、その家族とその仲間とコンタクトが取れて、少しづつ問題が、解決に向けて動き出した。そして、不思議な事に、その家族の住まいと、その仲間が働いている施設が歩いていける位の近い距離にあるという事実を聞いて、少し背筋がゾッとした。。AAの12のステップの実践により、インスパイアされ、インスピレーションして、偉大なる実在である神様の力に翻弄された。。やっぱ、神様は確実にいるし、その力は、偉大だ!感謝だ!本日のワンショットは、たまには、東京名物★多摩川でっせ~!『写真には、あまり余計な文句、入れんほうがいいと思うわ。。』。。。
あああ
あるAAの経験を綴った書籍に、【私がいつから自分より偉大な力の存在を信じるようになったのかは分かりません。しかし今は確かにそれを信じています】と、書いてあった。AAミーティングに出る事で、酒はすぐに止まった。だが、それと同時に飲んでいなくとも、飲んでいた時以上の惨めさを感じる事にもなった。いつの日にか、その惨めさや辛さを解消する為にミーティングで分かち合うというスタイルができた。それはそれで、ある時期までは良かったが、ソーバー19年を境に、ミーティングで話した直後は楽になっても、俺自身は全く変わっていない事に嫌でも気が付いた。それで、ビッグブックのステップを試しにやってみた。確かに、ビッグブックのステップを8-9までやり遂げ、ステップ10-11を毎日やり、ステップ12でスポンシーと一緒にやる形で手渡していて、解放され、自分の理解する神は常に、自分と共にある感覚は維持できている。ミーティングで処理する感覚はなくなり、ミーティングでは希望を分かち合い、仲間から力と勇気を貰って、そのパワーで、8-9ステップの直後に感じた霊的に目覚めた最高の状態を維持する為にも、今日一日ずつではあるが、ステップの実践を継続し、一歩々、回復成長進化を目指している。だが、それで、全て問題なく朝から晩まで完璧に笑いながら、やっているかといったら、そうではない。。常に神様がいて、不完全な自分がある訳だから、それゆえの痛みがある。過去、一人きりになった時に、神様の意志に沿えなくても、誰も見ていないからいいやと何とも思わなかった事が、今は胸が痛む。。対人的にも、相手が明らかにおかしいのに、その相手とギクシャクしたくないからと、何も伝えないで、俺は平和主義だとか言って、愛のない関わりをしていたように思う。その逆も全く同じ。。極論を言えば、喧嘩しなくてもいい事で喧嘩して、喧嘩しなくちゃならない事で喧嘩しないって感じ。。要するに常に自分は傷付いているから、もうこれ以上は傷付きたくなかった。。そんなステップを進めていく上での痛みは、どんなに祈ったところで完全には取れない。。祈りは、ステップの一部分にしか過ぎないし、痛みを味わう事もステップの実践だと思う。だから、やる事シッカリやって、必要な痛みをシッカリ感じて、その上で、持っていきようのないネガティブな思いをスポンサーなど、信頼のおける仲間などと個別に分かち合い、マジにやっているが為に与えられている痛みを感じているのは、俺だけじゃないんだと自分に言い聞かせると、不思議とその痛みに俺が助けられている事に気が付く。何故なら、その痛みは、神様が、俺に育って欲しいと与えてくれている愛だと感じるからだ。スーパーウルトラ感謝だ!