変わらぬ想いの精度で、AAに生きるんだ!!

あるAAの経験を綴った書籍に、【やっとのことでAAに足を向けた時、「会費の支払いを強要する」会計係もいない事が、とても信じられなかった。サービスを提供する代わりに金銭の寄付を要求しない組織など考えられなかった。「何も支払わずに何かが手に入る」という経験は、唯一で初めての事だった。】と、書いてあった。精神病院から、外部のAAミーティングに行っていた頃、あるミーティング場で、会場チェアパーソンらしき仲間にコーヒーを入れて貰った。俺はタダだと思っていなかったし、金もなかったから、余計な事をしやがってと思った。で、その仲間に渋々、「コーヒーいくらですか?」と聞いたら、「今のあなたのできる限りの献金を、献金箱にして貰えれば構いませんし、お金がなければ、しなくても構いません。」と言われ、驚いた。。マジで、そんないい加減でやっていけるのかよと、余計な心配までしてしまった。今思えば、アルコホーリクで、ビギナーの心理を上手く突いたAAの配慮であったと理解できる。献金する価値も、人に決められるのではなく、自分で決めるという配慮だった。そんなAAスピリットをビギナーの頃から、仲間を通して神様に植え付けて貰ったお陰で、今でも、人が見ていようと、人が見ていない自分一人だけの時でも、変わらぬ想いの精度で、AAに生きていられるような気がする。感謝だ!

まだまだ、霊的に眠っているから、目覚めていくんだよ!!

あるAAの経験を綴った書籍に、【AAは世にいう成功物語ではありません。それは苦しみが、神の恵みのもとでスピリチュアル(霊的)な成長へと変わっていく物語なのです。】と、書いてあった。過去の生き方の中で、16才から酒を飲み始めた。そして、18才の時に、イタリア料理の調理師を志したが、その時は、飲酒による生活障害で、職場を転々として、いつのまにか、常に酒が飲めれば、仕事なんか何でもいいと思うようになった。水商売、テキ屋・・・いろんな事をやったが、何一つ続かなかった。。だから、AAにつながり、酒が止まれば、大抵の事は、すぐに解決するとスーパーウルトラ大錯覚していた。。AAにきてから、仲間と大喧嘩したり、仕事始めても、すぐに辞めたくなったり、性的なものや、自分の逃げ道を異性に求めたりと、最初の3年位は、滅茶苦茶だったし、しらふでも惨めだった。知らず知らずに、身勝手さや、不正直さや、恨みつらみや、恐れなどに、酒に変わる安定と生き方を求め、更に苦しくなっていったように思う。こればっかりは、単にミーティングに定期的に出続けているだけで、どうにかなるような問題ではなかった。それだけでは苦しかったから、ステップをやるしかなかったように思うし、しらふで初めて、飲みたくても飲めない非情の苦しみを感じたのが、今思えば、最高の試金石になったように思う。少なくとも、ステップをやれば、やっていれば、今の苦しみの原因は確実にわかる。それだけでも、痛みは緩和されるし、意味のある痛みだと眠りから目覚める感覚で気が付かされる。今の俺は、まだまだ眠っている部分、ただあると思う。だが、シッカリ毎日ステップをやっていれば、時期が来れば、神様は必ず、一つ、一つ、目覚めさせてくれると信じている。本当に死ぬ時は、完全に目覚めた状態になり、永遠の命を頂いて、本当の眠りにつきたい。感謝だ!

進化し続ける事=恒久的な安定

あるAAの経験を綴った書籍に、【たとえ小さなおぼつかない歩みであっても、神の似姿を目指して成長していくという目的、意味、使命を授けてくれた神を信じる事である。】と、書いてあった。昨夜のビルの物語のステップ1の続きになるが、結局、仲間の中で、そして、神様の前で正直になるだけでは、孤独や恐れからの解放は難しい事、今、毎日ビッグブックのステップ10-11をやっていて凄く強く感じる。いくらしらふで、人の輪の中へ戻っても、そこで、酒の代用品を見つけ、それで自分を満たす事を優先させていたら、酒を飲んでいなくとも、飲んでいる状態と同じになってしまう。例えば、人をコントロールしたり、人にコントロールされて、依存と支配モードで、自身を安定させるとか。。大切なのは、ビッグブックにも、所々に書いてある通り、常に神様と人の役に立つ為に、自分はどう生きるかを考え、行動していかなければ、今日一日の積み重ねで進化しつつの、恒久的な孤独からの解放はないだろう。俺的には、俺の理解する神様の意志に沿って進化し続ける事=恒久的な安定につながっていくと理解している。助け続けられているわけだから、助け続けていかなければならない。その為にも、日々のステップをシッカリやって、いかに自分が助けられているかを感じ、生きてゆきたい。感謝だ!

病気も、プログラムも、絶対に人を差別しないんだ!!

あるAAの経験を綴った書籍に、【AAに来た新しい人達が変わっていくのを見た。だから私も恐れをなくし、否定的な態度を肯定的なものに変える事ができた。】と、書いてあった。今まで、何度かここでも書いたが、AAに来て最初の頃、あるステップセミナーで、日本のAAの草創期の頃からソブラエティを続けてきた先行く仲間が、【アルコール依存症という病気も、AAのプログラムも、絶対に人を差別しない。プログラムをやれば、どんな酷いアルコール依存症者でも必ず回復するし、やらなければ、みんな同じように悪くなり、飲んで、死んでしまう。】と、言っていた。その話を聞いて、俺は勇気を貰い、プログラムをやってみる事に賭けてみた。正直、その賭けは、当時の飲まないで生きる実績のなかった俺にとって、3億円の宝くじを当てるに等しい位の狂ったギャンブルのようにも思えた。それを絶対当たると信じる訳だから、今思えば、狂っているとしか言いようがない。だが、毎日、ミーティングに出て、ライブに、仲間達と会い続け、正直な分かち合いをやり続けていく中で、同じようにやっている仲間達の変化を感じる事で、ギャンブルだなんてとんでもない事に気が付いた。俺にとって、俺が酒を飲まないで生きていく事に最も効果的なのが、AAプログラムだという事を、頭とは違う部分で理解できた。だから今も、頭で考えて、ミーティングに出る事はしていない。上手く文章や、言葉で表現できないが、何か心のもやを無くし、スッキリしたいからミーティングに出たり、ステップをやっているような気がする。そんな不思議な形で、回復していく仲間達の姿、表情、変化が、それまで、感じた事のないアグレッシブな凄まじい説得力となって、俺を突き動かしてくれたような気がする。感謝だ!本日のワンショットは、プチマラソンロードの夕闇です!何故か吠えたくなってしまう自分が、巧妙で、不可解で、強力だぜ!『狼みたいやな!わかるような気がするでッ!』。。あの~、ボスッ、どういう事でしょう?アオッ~~~~!
夕闇

アルコール依存症者同様、家族も病んでいるんだよ!!

あるAAの経験を綴った書籍に、【秋には葉を落とし、春には新しい花を咲かせる木々のように、私もAAの中でソブラエティを続ける喜びという花を咲かせるメンバーになれるよう、神は私の強迫的で利己的なやり方という葉を落として下さった。】と、書いてあった。今年になって、過去の生き方の中で、恨みの発端となった事実を一生懸命思い出そうとしてみたが、一人では、なかなか切ないものがあった。。その切なさは、子供の頃からのもので、一生懸命忘れようとしてきた事でもあった。実際に忘れていた。。ここでも何回か書いたが、小学校低学年の頃、正月や、盆や、祭りの度に、お袋の実家に、親戚のおじさん、おばさん、爺さん、婆さん、いとこなど、総勢20人位集まって、宴会をしていた。その度に、親父は酒がまわると、「クルー、ちょっとこい!」と言われ、みんなの前で、前屈をやらされ、曲がらない体を無理やり曲げられ、痛くて、痛くて、いつも泣いていた。。そんな親父を、お袋も、親戚の人達も、誰も止めなかった。。だから俺は、そういう事には、耐えるのが、当たり前だと思うようになった。そして、全く同じものを人にも要求した。。俺がAAに来てからも、なかなか解放されず、人間に振り回されて、苦しんできた事の原因の根っこには、そんな事実があった。俺が今、その親戚の宴会に席にいたら、すぐに親父の行為を止めさせるだろう。。何故なら、そんな事を見て見ぬ振りしていたら、親父も子供も、駄目になってしまうからだ。。家族の中に病気進行中のアルコホーリクがいると、周りの人達も病んでいくと、よく聞くが、まさにその一例と言えよう。親戚の人達は、なまじ止めたりして、絡まれて、アル中の親父のとばっちりを受けるのはゴメンだと、善悪の判断が麻痺していたのだと思う。。だから、親父だけが、悪かった訳ではなかったと、今は納得できる。親父も愛されてなかったし、周りの人達も病んでいたのだ。。そして、俺もアルコホーリクになった。。だが、AAで助かり、12ステップの実践のお陰で、そんな俺自身にまつわる事実と、病気の本質に気が付かせて貰い、神は俺の強迫的で利己的なやり方という葉を落として下さったのだと理解している。感謝だ!

俺一人だと思ったら、神がいた。。

あるAAの経験を綴った書籍に、【私を健康な心に戻してくれるのは自分より偉大な力なのであり、高い知能指数とか大学卒業資格ではないのだ。】と、書いてあった。飲んでいた時、過去の生き方、今でもおかしくなった時、必ず思い描く事は、自分の力だけでなんとかしようとか、誰かに全面的になんとかさせようという事のような気がする。それで上手くいっても、いかなくても、身勝手な解釈だけしかない。。恨み、恐れ、自責、高慢。。。性格上の欠点のオンパレード。。だが、そんな時に、毎日のステップ10-11で、上手くひっかけて、AAの生き方に立ち返ると、アル中は、一人じゃ酒は止められないし、人は一人では生きていけないという偉大なる実在の原点に立てる。健康も、高い知能指数も、大学卒業資格も、元を正せば、自分に与えられているものだけで、自分だけで得たものではないし、自分の為だけに使ってはいけないものだと思う。例えば、酒を飲まないで生きる主人公は確かに自分だ。だが、その主人公を引き立てるのは、シナリオであり、共演者であり、多くの裏方さん達だと思う。主人公は、その人達の情熱があって、いい演技ができていると感じ、感謝できた時、自分を越えた何かを垣間見るような気がする。感謝だ!

ビッグブックなんか、クソ食らえと思っていたんだ!!

あるAAの経験を綴った書籍に、【・・・たった二つの罪しかない。まず一つは、他の人間の成長を妨げる罪であり、そして二つ目は、自分自身の成長わ妨げる罪である。】と、書いてあった。今年の2月位に、一人のスポンシーと、BBのステップについて、チョッとした議論になった。その時の俺は、BBのステップも、今までの日本のステップも、そんなし変わらない位にしか思っていなかった。そのスポンシーは、既にその時、経験している仲間と段階踏んで、BBのステップの3から9まで終わっており、毎日の10-11ステップを継続し、12ステップで手渡す相手を探していた。その時のやりとりで、なんとなく、今までの日本のやり方は全て駄目で、BBのやり方でないと良くなるものも、良くならないみたいに受け取り、BBのステップを経験した仲間達に対して、変に反応したみたいに、そのスポンシーに対して、批判めいた事を言い、あげくの果てに、だったら、スポンサーをBBステップの経験者に変えればいいじゃないか~みたいな、言ってはならない事を言ってしまった。その事をBBの4ステップにのっとって書いてみると、恐れのリスト、恨みのリストから、性格上の欠点として、身勝手もあるが、それより不正直の方が強くあったように思う。これも結局は、飲みだす以前の親父との関係の呪縛で、嘘を本当だと思わないと安定しないというお決まりパターンの一つだった。まあ、近いうちに、そのスポンシーに、キッチリ埋め合わせしなくちゃな。。俺の経験的には、アルコホーリクにとっての嘘は、心底悪意を持って、自分や人を騙そうという嘘ではないような気がする。嘘をつかざるえないところに、追い込まれる事が最大の問題だと思う。だから、無意識にしょうがなかったと、嘘を正当化する。理由はなんであれ、神様に対する嘘は、嘘だ。。結局、今年の4月になって、誰に言われたわけもなく、【やっぱ、BBのステップを正しいやり方で、やってもいないのに、今までの日本のやり方とあんまし変わらないとごまかして、判断するのは、神様の意志に背くな。。ここは、謙虚に、経験者である仲間の提案に完全に委ね、実践してみてから、判断しよう!】と、決心した。それは、精神病院に入院して、入院中にケースワーカーの勧めで、初めて信●町のJSOに行って●長に会った時、●長に、「酒を飲む、飲まないも、ミーティングに出る、出ないもあなたの自由だけど、どうすればいいかは、自分に正直になってみればわかるよ!騙されたつもりで、3ヶ月位、AAをやってみないか?何事もやってみなくちゃわからないよ!」と、言われた時の心境と凄く似ていた。危うく、仲間の成長と、俺自身の成長を妨げる罪を犯すとこだった。やっぱ、自分が幸せになる為に、誰かを不幸にさせたり、誰かを幸せにする為に、自分が不幸になってはいけないのだ。。みんなで、幸せに成長していく為には、常に神様を中心として生きていく事だと思う。感謝だ!本日のワンショットは、地下鉄でこんなもの見つけちゃった。。BBのステップ11の部分に、【信心深い人の正しいところにはためらわずに注目して、そこにある役立つものを使わせて貰おう。】にのっとり、今朝の11ステップで使わせて貰います!『あんたの病気の根も深いと思うわ。。まあ、あんまし意味ないけどな。。気にせんといて~~!』。。気にするなと言われると、アグレッシブに気にしてしまう、スモールな俺がここにいる。。。アビョ~~~~~~~~~~~~!
夢はでっかく

神様が無だったのに、全てになったからドラマチックなんだよ!!

あるAAの経験を綴った書籍に、【神が全てか無か】と、書いてあった。AAに来て、ミーティングに出ていて、何人かの仲間達が、神様とか、ハイヤーパワーとか言っていて、凄く抵抗を持った事を今でもシッカリと覚えている。だから、AAにつながって最初に入ったホームグループは、神様やハイヤーパワーを禁句とするようなグループだった。その時は、その時で、それで良かったと思っている。最初は、目に見える仲間の中で、経験と力と希望を分かち合い、飲まないで生きていけると思っていた。だが、今思えば、その時既に、俺の中で、神様は無ではなくなっていた事が、凄くよくわかる。もっとさかのぼれば、俺が生まれたこと自体、神様の計画だったわけだ。。単に俺が神様の存在に気が付いていなかっただけで、回復と共に、仲間など、目に見えるものを通して、少しづつ、確かなものにしていけたような気がする。そして、ステップを実践すれば、確実に偉大なる実在を自分の中に意識できるようになれると身を持って体験できた。俺の中に神様がいるから、嘘をついた時など、神様の意志から外れると、良心がとがめるのだ。。毎日のステップ10で、不正直だった日に、神様に正直になれるよう祈るというのは、俺一人の力では、正直になれないからだと思う。祈れば、神様は必ず正直にさせてくれるし、仮に嘘を付いたとしても、素直に認め、正直にして下さいと祈れば、いつかは変えて下さる。誤った考えや、過ちを素直に神様に告白し、神様にいいようにして下さいと祈る事は、極めて重要だと思う。それがあるから、ありのままの俺に誇りが持てる。感謝だ!

俺が人間である以上、無力なんだ!!

あるAAの経験を綴った書籍に、【ついにぼろぼろになって、神に助けを求めた。すると神の力が私に働き、信じてみようという気持ちになった。アルコールに対する強迫観念は取り払われ、それ以来、妄想症もなくなった。もう私は恐れない。私は心身共に健康なのだから。】と、書いてあった。昨年の6月に、ビッグブックのやり方で、ステップ8-9を完結し、それ以来、絶やす事なく、ステップ10-11を毎日、ビッグブックに書いてある通りに実行している。そして、昨年の11月から本格的に、ステップ12の一部分として、ステップの復習も兼ねて、1から12のステップまでを、一緒にやる形で、ビッグブックのやり方に従って手渡している。そんな経験をやっていて、俺自身が過去の生き方の中で、いかに人間に対して、完全性を要求していたかが、よくわかる。それは、俺自身に対しても、そうだった。そして、その人間の完全性のみを信じて生きていたから、完全性を満たされないと、裏切られたとか、自責の念にかられ、惨めになったように思う。結局、ステップを極めていく中で、俺にとって、全知全能なのは、自分の理解する神様しかないと悟った。今だって時折、いくら頭でわかっていても、心は、酒やそれ以外のアディクションに逃げたくなったり、大なり、小なり、やましい気持ちが出たりする。それに対しては、俺が人間である以上、無力だ。単刀直入で言えば、ソーバー20年過ぎて、今さら、ビッグブックのやり方でステップをやり直すなんて、死んでもやりたくなかった。格好悪い、スポンシーに示しがつかない。。いろんな身勝手な理由は、オンパレードだったし、ビッグブックのプログラムをやっているという理由だけで、そんな仲間達から距離をとっていた。でも、今思えば、そんな不完全で、回復の停滞した、貧しい俺だったから、神様に導かれたのだと信じて疑わない。最初AAに来て、ミーティングで回復している仲間達を見て、俺もああなりたいと信じた時から、少しづつ酒にまつわる強迫観念は、自然と取り除かれていった。忘れてはならないのは、今でも不完全な人間の俺は、AAに、そして、その中に姿を現される神様に、俺もああなりたいという憧れを維持し、行動し、何も恐れない自分でありたい。感謝だ!

神様はいつも、一緒に頑張ろうと言って下さっているんだ!!

あるAAの経験を綴った書籍に、【AAは効き目があることを、私は目にし、信じ、そして理解できるようになった。なぜなら今日一日飲まないでいられるからだ。】と、書いてあった。昨夜のミーティングの帰りに、地元近くまで、何人かの仲間達と一緒に、いろいろと、時折くだらない冗談を言いながら、分かち合って帰ってきた。一緒に帰ってきた仲間達は、別に変に選別したわけではないが、俺と同じように、起こった事実を書き出す4ステップを経て、それだけではいまいちで、結局導かれるように、アメリカでAAを経験してきた仲間から一緒にやって貰う形で、ビッグブックのやり方で、ステップ8-9までを完全に終わらせ、毎日のステップ10-11をやり続け、ステップ12の一部分として、ビッグブックのマーカー部の分かち合いをスポンシーと一緒に定期的にやりながら、ステップを手渡している何人かと、ビギナーから既にビッグブックのやり方でステップを進めてきて、もうすぐ8-9のステップが終わる何人かだった。その中の何人かと話したのだが、もし、アメリカでAAを何年か経験した仲間が、帰ってきて、いいタイミングで、俺達にビッグブックのやり方のステップを伝えてくれなかったら、俺達はしらふで我慢に我慢を重ねて、しらふで惨めな霊的廃人に成り下がり、自殺していただろうなと、心底分かち合った。。別にビッグブックのステップにステータスを持たせ、を押し売りしているわけでなく、少なくとも、俺を含め、昨日の帰路で分かち合って帰った仲間達には、必要だから、各々、絶妙なタイミングで、スルーパスが出されたというだけの事だと思っている。要するに、今やらないとお前は死ぬよと、神様の忠告があったように受け取っている。そして、みんなマジにやってみて、たかだか数ヶ月で、大きく変わり、終わりのない今日一日の積み重ねで、具体的に、神様に決められたステップの実践プログラムを与えられた。アルコホーリクにとって、飲む事は、死を意味する。だが、生きる事は、世の中の道具となっていく事であり、酒を必要としない事を意味する。だから、ストイックにステップをやり、自身を磨き、今より一歩ハイレベルを目指して、世の中の役に立つ道具となっていきたい。もう、誰からも頑張れよって言われる筋合いもなければ、誰かに頑張れよって言う筋合いもない。俺の神様はいつも、一緒に頑張ろうと言って下さっている。だから俺も、一歩上を目指して、人と一緒に頑張ろうと思えるんだ!感謝だ!本日のワンショットは、昨夜の東京タワーです!マジ綺麗だっタワ~!ナンチャッテ~!
東京タワー

2005年回復途上リバイバル★Mustの違いを言いますと。。ナンチャッテ~!

グッド・センチメンタル・モーニングッ~!シリアスに秋雨前線停滞中ッ!しか~し、昨日のホームGのミーティングは、熱かったぜ!『それは、あんただけや!』。。只今会社内1時間ミニモニマラソン中ッ!今朝の●●●&●●●は、雨ッ!結構、雨足が強く、昨日同様、傘差していても、濡れてしまうくらいだ。。いやー、少し仕事が忙しくなってきて、昨日はいいタイミングでホームのミーティングに出れて、頭の中の整理がついたぜ!面白いもんで、どんなに忙しくても、ミーティングに出ると気持ちにゆとりが持てる。忙しさは全く変わらないのに不思議だ。若干の差ではあるが、ミーティングに出る事で、自身の許容量が自在に変わる。。忘れてしまいがちな事だが、このちょっとした差が、時には命取りになる。。だからこそ、いつのソーバーでも定期的にミーティングに出て、無条件な不思議な力を貰っていかなければならない。。AA自体は、俺自身にMustを要求しないが、俺自身の中で俺自身に対して、生きる術としてのMustは、かなり増えた。。飲んでいた頃のMustは、酒を飲む事だけだったのに、改めてAAの凄さを感じる。感謝だ!あるAAの経験を綴った書籍に、【新しくなった飲まない私は、AAを知らなかった頃のどの自分よりもずっと良い自分になっていると思う】という一節があった。飲酒歴の6年間とAAに来てからの6年間、生まれてAAにつながるまでの22年間とAAに来てから今日までの19年間とそれぞれ比べてみて、いろんな意味で大きな差がある。今日のAAの経験を綴った書籍のフレーズでいうならば、AAに来てからは、少しずつだが、心を開き、謙虚になれ、そんなスタンスでいろんな事を考え行動して、多くの贈り物を与えられてきた。心を開き、謙虚になる事を無視して、生き方を一歩踏み外したり、自身の回復の状態よりも、エゴや欲望やコンプレックスを優先して、順番を勝手にかえたりなんて事になると後々取り替えしのつかない事になる。アル中は酒止めていても、AAに対して、心を開き、謙虚でなければ、ただの飲んでいない酔っ払いだ!そして、気が付かずに、放っておけば、いずれ気が付くようにと、神様からの愛の裁きが降りる。俺も例外ではない。与えられた今日一日の中で、チャンスを活かせるようにと、油断してチャンスを失わないように、霊的触覚を立てて、自身を謙虚に見つめ、心を開き神の意志に従っていかねばだ。感謝だ!!

道具となれて初めて救われてきた事を感じたんだ!!

あるAAの経験を綴った書籍に、【神は私が混乱している時には手をさしのべることはできない。どんな時でも神との触れ合いを持つ事は良い事だが、何もかもうまくいかない時に、祈りと黙想を通して触れ合いを保つ事は絶対に必要な事だ。】と、書いてあった。このフレーズ、非常に深い意味合いを感じる。神様を都合のいい利用の仕方をしているうちは、本当の意味でのAAでいう神や、信仰を、ただわかったつもりになっているだけで、本当に理解する事はできないだろう。。先日の先行く仲間への埋め合わせの事だって、自分で罪だと決め付けて、隠してスルーしようと思えば、できた。。だが、それはできなかった。何故なら、俺の神は、そこから何かを学びなさいとおしゃっていたからだ。そして、学んだし、神様が姿を見せて、俺を助けてくれた。そして、これから、その事をここや、ミーティングで分かち合うだろう。過去の生き方の俺なら、ソーバーが長いのに、格好悪いからと隠していただろう。。だから、苦しんだ。。今は、毎日の10-11ステップの実践のお陰で、どんな時でも、自分を使わず、神様を締め出さず、神様の意志に生きる事ができる。感謝だ!今朝はある仲間が、中国障害者芸術団の公演に行って感動したと、写真付きメールをくれて、感激し、この芸術団の台麗華という人の、【あなたの心が愛と優しさに満たされていれば多くの人を助ける事ができ、多くの人に救われる。】という言葉を思い出した。重ね重ね、感謝だ!本日のワンショットは、そろそろ旬も終わりになるシクラメンです。まるで押しくらめんじゅう~ッて感じだな!重ね重ね、ナンチャッテ~!
シクラメン

2007年11月リバイバル★たった一度で一つの命が、かかっているんだ!!

グッド★フラワ~金曜日★モーニング~!昨夜は、ホームGのミーティングに出て、4分位シャウトし、連日ミーティング効き捲りで、パワー全開★ぶっちぎり・ロックン・ロール・ソブラエティ大炸裂ッだぜ~!調子最高~超幸せ~~!あ~あ、ナ~~~ンチャッテ~~!ダイナマイト・トリッキー万歳~!『だから、意味不明なこと書かんでエ~から、早よ~始めなはれ~!』いや、ボ~スッ、僕にとっては、意味あり~で、全てが偉大な力でっす~!ヒョ~~!昔、テレビドラマで、鶴太郎が池上季実子に、「君にとって僕は男じゃないかもしれないが、僕にとって君は女なんだ~~~!アオッ~~~!」と、言って、どしゃ降りの雨の中へ飛び込んで行った場面を思い出してしまった自分が、悲しいぜ~!只今午前7時25分、会社内1時間プチマラソン中~!本日の●●●&●●●は、曇り~~!いや~、昨日は、ホームGのミーティングに出て、司会をやらせて貰い、4分位シャウトさせて貰い、スッキリした。ミーティングの前後に、一人づつ、BBステップ関連の仲間達と今後のプログラムの事を話し合ったり、いろいろ情報を伝えて貰ったりと、ミーティング時間を含め、夜、7時から10時過ぎまで、AA三昧できて、いろいろ勉強になった。いつもの定番の台詞になるが、直接的に、仲間が俺を助けたり、俺が仲間を助けるのではなく、仲間や俺がパイプとなって、AAの方法が、仲間や俺を助けてくれていると強く感じる。だからこそ、伝言ゲームになったりや、自分が神の役を演じる事のないよう、キッチリと正しいAAを体得し、毎日のステップの実践を繰り返して、奉仕を任された僕に徹しなければだ。。その事に、神様から与えられた、たった一度で一つの自分の命と、たった一度で一つの多くの仲間の命がかかっているわけだから、やる気のテンションを維持して、シッカリお務めを果たしていきたい。感謝だ!

本当に信じるに値するものとは。。

過去の生き方の中で、俺が心底信じていたものというのは、何だったんだろうと考えると、非常に頭を悩ます。。確かに、酒であったというのが自然なのかもしれないが、酔いながらも、何かを信じたいと妄想していたように思う。その特の惨めさから抜け出す為には、金や、権力や、地位や、能力や、女など、人に対して何か優越感を持てるものが欲しかったし、それ自体が俺なんだと信じたかったのではないかと思う。それは、AAに来て、酒を飲まなくなったとしても、本当の自分にとってのハイヤーパワーを掴むまでは、あまり変わらなかった様に思う。要は、本当に信じるに値するものがあるかどうかということが大切だと思う。過去の生き方の中で、俺自身の為だけに、信じたいと思っていたほとんどのものは、満足のいかないものだった。。それは、酒と同じで、一杯じゃ多過ぎるし、千杯じゃ少な過ぎるッて感じだった。。何故なら、全て金で買えるが、永遠に残りはしないからだ。。多分、俺が死んでも残るものを、信じて生きていかなければならないだろう。。正直な人程、自分の弱さをよく知っていて、傷付き、悩んだりするというが、アル中は、たった一杯の酒を自由に楽しんで飲む事はできないし、それをわかっていても、孤独や惨めな感情になるとしらふで酔っ払い、結局飲んでしまう弱い病人だ。。だからこそ、その持っていきようのない正直な気持ち、やるせなさ、ギザギザなど、ネガティブで泥臭さく、弾けそうなエネルギーを、仲間の助けを借りて、全てAAに向けた時、狂った様に、AAに従って、奇跡的な回復を与えられるのだと思う。感謝だ!

簡単で、難しい!?AAプログラム

あるAAの経験を綴った書籍に、【いまの私にとって本当に大事な方程式がたったひとつだけある。「神はAAに存在する」】と、書いてあった。AAにつながり、かなり年数がたった時、あるミーティング場で、飲んでいた時や、惨めだった時の事を昨日の事のように思い出させてくれる場所は、ミーティングの中しかないと確信した。何故そう思えたのかは、今もわからない。。だが、今も全く同じように確信している。そして、俺にとって帰る場所は、家庭でもなく、職場でもなく、教会でもなく、プチマラソンフィールドでもなく、ライブハウスでもなく、俺にとって帰る場所は、ホームGのミーティング場だと確信している。俺にとって帰る場所は、たった一つしかない。それ以外は、全て行く場所であり、航海先でしかない。ミーティングに出ているだけでは回復しないが、ミーティングなしでも回復はない。。ミーティング場にいても、いなくとも、神はAAに存在する事を絶対忘れない為には、定期的にミーティングに出続けていなければ不可能だろう。。AAプログラムって、そんな簡単で、難しいプログラムなんだと思う。だから、AAは、アルコール依存症からの回復で、世界で最も回復成功結果を出している共同体なのだろう。感謝だ!本日のワンショットは、都会の雪だるまです!『だから、あんたんとこ、都会の田舎やないか!』。。。
雪だるま

酒を止めたかったけど、飲みたかったんだ!!

あるAAの経験を綴った書籍のトピックに〔降伏して救われた〕とあり、【「AAで難なく酒を止めている人もいれば、エゴの確立を必死で守ろうとしてアルコホリズムで死んでいく人もいるのはなぜだろう?」これは大きな謎である。ハイヤーパワーからの助けを得、ソブラエティという贈り物を手にすることができたのは、酒をやめたいという説明のつかない強い願望と、AAにいる仲間たちの提案を受け入れてみようという気持ちとが一致した時だった。降伏しなければならなかった。助かる方法はただ一つ、神と仲間に助けを求める事しかなかったからだ。】と、書いてあった。精神病院からAAにつながり、段々頭がスッキリしてきた時、もう一生酒は飲めないのかと改めて思うと、お先真っ暗になった。更に段々、病気の本質が見えてくるにつれ、凄まじい恐れに襲われた。。そんな事をAAミーティングで言うのは、不謹慎と思い、なかなか言えずにいた。。そんな矢先にある仲間がミーティングで、「酒を飲みたい、でも止めたい、酒を止めたい、でも飲みたい。。」と、繰り返し言っていて、凄く反応した事を今でも覚えている。。その仲間とは、何度かミーティングで一緒になり、必ず同じような事ばかり言うから、俺は、その仲間に、「飲むなら飲む、止めるなら止める、どちらかハッキリして下さい。」と、言ったら、その仲間に、「ごめんな、兄ちゃん、でも俺は、そう言わんと、今日一日、酒を飲まないでおれんのだよ。」と言われ、なんて俺って馬鹿なんだと思ったと同時に、俺の思いをその仲間が代弁してくれていた事に気が付いた。俺は単に、止めたいけど飲みたいという思いを、どうしても認めたくなかったから、反応していた事に気が付いたし、これが本当の分かち合いなんだなあと心底思えた。この時から俺は、仲間の中で正直に、止めたいけど飲みたい、飲みたいけど止めたい、という仲間同志でなければ分かり合う事のできない思いを分かち合えるようになり、そんな形で降伏して、酒を止めたいと心底思えるようになり、その可能性を、仲間達の提案を受け入れる事に委ねられたように思う。そして、今は、ステップなんかやりたくない、でもステップをやりたいとか、正直になりたい、でも正直になりたくないみたいな思いを肯定し、仲間達とも分かち合い、神様の意志に沿えるよう祈り、神様の意志を正直に証しする行動を心掛けている。そんな人としての弱さを正直に受け入れ、全知全能の神様に助けを求めていけば、誤った行動に出る事は、殆どなくなると思う。感謝だ!本日のワンショットは、私の作品です!
作品

嘘のような不思議な現実が起こるんだ!!ドッヒャ~~~ンッ!!

あるAAの経験を綴った書籍に、【私は自分の本当に愛するものの為に時間を使う。ステップ11は、私とハイヤーパワーが共にいられるようにする為の訓練であり、神の助けによって直感やインスピレーションが可能なのだという事を私に思い起こさせてくれる。】と、書いてあった。先日、会社に泊まって仕事していた時の深夜に、息抜きで、ITのAA関連のWebを閲覧していたら、あるブログに、家族の中の一人が、明らかにアルコホーリクで、一緒に生活している人達に影響を及ぼしており、一刻も早くどうにかしないと、更に傷を深め、一家分裂になるような事が書いてあった。(実は、このブログ、2週間位前から、危なっかしいなあと思いながら、度々様子を覗いていて、何とかなってくれればなあと祈っていたが。。)とっさの判断で、いちか、ばちか、アルコホーリク本人以外の家族の人にメールを入れてみたら、すぐに返事が来て、メールでのやりとりで、どこか相談できるようなところがないかと聞かれ、相手に住まいは、どこかと聞いたら、日本のはずれという答えが返ってきて、愕然とした。。一瞬、〔。。東京にいる俺には、知り合いもいないし、行った事もないし、何も力になってあげる事ができない。。神様、いったい、どないせぇーちゅうねんッ?〕と、心の中で、つぶやいた。。がしかし、こんな時のAAの提案に従って、11ステップの霊感や直感的な考え、あるいは決断を与えて下さいと無意識に神様に祈ってみた。。その瞬間、まさかのインスピレーションというか、つい先月、AAの同期である仲間が、そこにいる事を思い出し、すかさず、その仲間に連絡を取って、事情を説明し、その家族の人達の相談にのって、力になってくれると承諾を得れ、その日のうちに、その家族とその仲間とコンタクトが取れて、少しづつ問題が、解決に向けて動き出した。そして、不思議な事に、その家族の住まいと、その仲間が働いている施設が歩いていける位の近い距離にあるという事実を聞いて、少し背筋がゾッとした。。AAの12のステップの実践により、インスパイアされ、インスピレーションして、偉大なる実在である神様の力に翻弄された。。やっぱ、神様は確実にいるし、その力は、偉大だ!感謝だ!本日のワンショットは、たまには、東京名物★多摩川でっせ~!『写真には、あまり余計な文句、入れんほうがいいと思うわ。。』。。。
あああ

痛みを味わう事もステップの実践であり、神様の愛なんだ!!

あるAAの経験を綴った書籍に、【私がいつから自分より偉大な力の存在を信じるようになったのかは分かりません。しかし今は確かにそれを信じています】と、書いてあった。AAミーティングに出る事で、酒はすぐに止まった。だが、それと同時に飲んでいなくとも、飲んでいた時以上の惨めさを感じる事にもなった。いつの日にか、その惨めさや辛さを解消する為にミーティングで分かち合うというスタイルができた。それはそれで、ある時期までは良かったが、ソーバー19年を境に、ミーティングで話した直後は楽になっても、俺自身は全く変わっていない事に嫌でも気が付いた。それで、ビッグブックのステップを試しにやってみた。確かに、ビッグブックのステップを8-9までやり遂げ、ステップ10-11を毎日やり、ステップ12でスポンシーと一緒にやる形で手渡していて、解放され、自分の理解する神は常に、自分と共にある感覚は維持できている。ミーティングで処理する感覚はなくなり、ミーティングでは希望を分かち合い、仲間から力と勇気を貰って、そのパワーで、8-9ステップの直後に感じた霊的に目覚めた最高の状態を維持する為にも、今日一日ずつではあるが、ステップの実践を継続し、一歩々、回復成長進化を目指している。だが、それで、全て問題なく朝から晩まで完璧に笑いながら、やっているかといったら、そうではない。。常に神様がいて、不完全な自分がある訳だから、それゆえの痛みがある。過去、一人きりになった時に、神様の意志に沿えなくても、誰も見ていないからいいやと何とも思わなかった事が、今は胸が痛む。。対人的にも、相手が明らかにおかしいのに、その相手とギクシャクしたくないからと、何も伝えないで、俺は平和主義だとか言って、愛のない関わりをしていたように思う。その逆も全く同じ。。極論を言えば、喧嘩しなくてもいい事で喧嘩して、喧嘩しなくちゃならない事で喧嘩しないって感じ。。要するに常に自分は傷付いているから、もうこれ以上は傷付きたくなかった。。そんなステップを進めていく上での痛みは、どんなに祈ったところで完全には取れない。。祈りは、ステップの一部分にしか過ぎないし、痛みを味わう事もステップの実践だと思う。だから、やる事シッカリやって、必要な痛みをシッカリ感じて、その上で、持っていきようのないネガティブな思いをスポンサーなど、信頼のおける仲間などと個別に分かち合い、マジにやっているが為に与えられている痛みを感じているのは、俺だけじゃないんだと自分に言い聞かせると、不思議とその痛みに俺が助けられている事に気が付く。何故なら、その痛みは、神様が、俺に育って欲しいと与えてくれている愛だと感じるからだ。スーパーウルトラ感謝だ!

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